2017 05 ≪  06月 123456789101112131415161718192021222324252627282930  ≫ 2017 07
スポンサーサイト
- --/--/--(--) -
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
後から じんわり・・・ とくる小説
- 2010/05/21(Fri) -
                         (Please click this photograph) 
                 810-1.jpg

                                昨夕の夕陽

 昨夕・・・ちょっとおかしな空模様だった。。。 雨がポツポツ降ってきているのに西には夕陽が・・・。 それも西の空を一面濃い黄色に染めるような夕空。。。 小雨降る中・・・そんな濃厚な黄色い夕空を眺めた。


 今回の話題は夕陽のことではないのだが・・・あんな重いような黄色い夕陽を見たのが記憶に残ってしまって・・・。 で、今回は少し前に読んだ小説について記したい。


     810-4.jpg

                              「骸骨ビルの庭」 宮本輝 著


 スピード感があるわけではない。 ハラハラするようなサスペンス感があるわけではない。 特に強く感情を移入してしまうような強烈な引力があるわけでも・・・ない。 だが、読み始めるといつに間にか骸骨ビルの個性豊か過ぎる住人にヤギショウと愛称を付けられた主人公と共に骸骨ビルで一体何があって現在に至っているのかを知っていくことになるような感じにさせられている。 それは・・・大阪の十三という土地の持つ下町界隈の雰囲気がとても臨場感ある描写で語られ・・・読んでいる私も実際に十三を歩いているような心持ちにさせられる。 実際には存在しない骸骨ビルで育った湊比呂子の営む「みなと」という定食屋の料理のいかにも美味しそうなことといったら・・・ひょっとしたら十三にその「みなと」という店が存在するのではないか? いつかはその店の比呂子姉ちゃんの料理を食べてみたい・・・。 とか、知らず知らずのうちにそんなことを考えさせられてしまっていたような感じだった。


 戦後間もなく、骸骨ビルと呼ばれるビルで阿部轍正と茂木泰造、二人の青年が日々の食べ物にも困窮する中、戦争孤児や棄迷児たちを育てながら、やがて子供たちのために親として生きる決心をする。だが、阿部轍正は、子供たちの一人への性的暴行の疑いをもたれたままに死んだ。ビルの敷地を含む再開発計画を進めるべく、居座る住人を立ち退かせる方策を探るために管理人としてビルに住まうことになった八木沢は、住人達との交流を持つ中で・・・骸骨ビルで暮らした人々の生き様や一体何があったのかを知っていくことになる。それはやがて、住人達がビルから出て行こうとしない心根にも迫っていくことになる。

 
 なんだろう・・・。読後してすぐには えっ?これで終わり? という感覚を持った。 いかにも小説的な劇的なことは起こらない。 むしろ非小説的な抑揚の少ないエンディングにすら思われた。 だがラストの現実感が強ければ強いほど・・・阿部轍正と茂木泰造が意を固めてやり抜き通したことの凄みが後から気持ちに追いついてくる・・・おかしな言い方だがそんな感じがした。 
 実は、著者の他作品 「避暑地の猫」 のように口を噤みたくなるような秘められた性的なバックグラウンドがあるのではないかと・・・多分に構えて読んでいた。 それはある意味良い方向にスッキリと裏切られて安堵した。 宮本輝という作家は読者に秘されたセクシャルな香りを意識させることが上手いと思う。

 特筆すべきは・・・本作が徹頭徹尾どこか柔らかな雰囲気を感じさせているのは、骸骨ビルの住人それぞれのキャラももちろんあるのだが・・・舞台が大阪で登場人物のほとんどが大阪弁で語ることが大きいということだ。 ヤギショウは住人から様々な事を聞くのだが・・・彼らの語り口が標準語(東京弁)であったなら・・・その話しの多くには冷たい印象を受けてしまうこともあるように思う。 この物語の舞台を大阪、それも下町の十三に置いたのは素晴らしい着想だと思う。。。 いや、反対かな。。。 その地であったからこそ成り立つ物語と言っても過言ではないような気すらする。

 この物語は 「遺伝」 ではなく 「意伝」 の物語だ。 親代わりの二人の男の 「意伝子」 をそれぞれの子供がそれぞれに受け継ぎ・・・長じてそれぞれの考えで親を思う。。。 中には正しく意を受け継げなかったように思われる者もいはするのだが・・・人生のどこかでその 「意伝子」 は必ず顔を出すはずだ。 そして・・・住人を立ち退かせるためにビルにやってきた八木沢にも 「意伝子」 はその心情に影響を及ぼし、これからの人生の在り方の模索がはじまる。 この物語に終わりは無い。 どうやらそう考えるのが正しくもあるように思う。 骸骨ビルの個性溢れる住人は今も大阪中心に何処かで日々暮らして(中にはやや妖しげな生業で)おり・・・きっと「みなと」という店は、安くて美味い定食目当ての客で今日も混雑している・・・そんな気がしてならない。。。

 だから・・・この物語の舞台である十三という地・・・いつかは歩いてみたい地となった。 「みなと」を探しながら歩いてみたいという気持ちは読後もずっと続いている。


             810-2.jpg


 私の本の読み方の大きな特徴・・・それは気になった記述があった部分にはとにかく付箋を貼りまくること。 だから本を読む手元には付箋の束が転がっている。 片っ端から付けた付箋箇所・・・読後すぐの場合もあれば、しばらく放置してからの場合もあるのだが・・・必ずといって良いほどその付箋箇所だけでも読み返す。 中には 俺、なんでここに貼ったん? と自身でも何を感じたのか意味不明な箇所もあるが、概ね なるほど・・・これは胸に刻みたい と思うようなことを再認識できる。 一度読んだ本の再読と言うのは、思っていてもなかなか出来るものではない。 だからせめて再読の短縮形を・・・という狙いだ。


 この「骸骨ビルの庭」はちょっと特異な付箋の付き方となった。 上巻がたった3箇所の付箋だったのに対して、下巻にはなんと30箇所を越す付箋が。。。 これはきっと物語が進めば進むほど人間の内面に目を向ける記述が多くなっていったからではないだろうか・・・? 宮本輝という作家・・・人の内面に向ける目、温かくも決して生温くはなく、時には叱咤するような書き方も見受けられる。 そんな中から私が気になった箇所を一部抜粋してご紹介を。。。


 「茂木のおじちゃんがあの雑木林で男の子たちにとりわけ厳しく言うたのは、雨に濡れて町中をさまよっている犬のような目をするな、っちゅうことやった。俺らはその意味がようわからんかった。ちょっとわかるようになったのは十五、六になってからや。 猫科の動物と犬科の動物を分けるとなァ、猫科の動物は哀しそうな目をせんやろ?そやけど犬科の動物は哀しそうな目をしよる。 骸骨ビルの子供たちは、四六時中、他人の顔色を窺って生きてきたから、哀しそうな目ェをしてみせるっちゅうのが習い性のようになってたんや。茂木のおっちゃんは、その習い性を子供から消したかったんや。」(「骸骨ビルの庭」より)



 目は心の窓と言うよね。 臆せず、怯ます・・・また、姑息なことをしてやましい心が目を伏せさせ自信なさげな表情や態度となってしまうことなく、どんな時も堂々と相手の目を見て話しが出きる・・・そんな生き方をしていきたいものだよね。 


 「人間はその根本の部分に必ず何等かの癖を隠しているものだ。癖だから本人も気付いていない。酒を飲むと乱暴になり周囲の人間に絡む。これも癖だ。癖だから、酒をやめる以外に直らない。 たいして得にもならないのに些細な嘘をつくやつがいる。これも癖だ。酒癖の悪さより始末に悪い。酒なら心がけ次第で縁を切れるが、自然に口から出る嘘を封じ込める術はない。」(「骸骨ビルの庭」より)



 自分という人間を飾りたくてどうだっていいようなことまで嘘をつく人がいる。 そもそもどうだっていいような嘘だから本人も気軽に口から言ってしまうから・・・そこかしこで辻褄が合わずにそんな嘘は案外呆気なく周囲は気付いているものだ。本人はその嘘の上にまた嘘を塗りたくってはいても・・・そもそもそんな嘘の多い人をどこまで信用できるかといえば当然懐疑的にならざるを得ず・・・やがてその人の周囲からは友と呼べる人の姿は失せていく。。。 そんな人生とならぬよう・・・くれぐれも自戒せねば・・と。(笑)


 「人間は変われない生き物なのだ。自分の人生を決める覚悟は、一度や二度の決意では定まりきれるものではない。何度も何度も、こっれでもかと教えられ、叱咤され、励まされ、荒々しい力で原点にひきずり戻され、そのたびに決意を新たにしつづけて、やっと人間は自分の根底を変えていくことが出来るのだと思う。」(「骸骨ビルの庭」より)



 これはかなり厳しくもインパクトのある記述だった。 強い決意をも跳ね返してしまう人間の惰性と弱さ・・・それを克服して変わっていくことが容易ではないことは私自身も痛いほどわかっており。。。 では・・・どうするか? 七転八倒して自分を変えていかなければならないことが明白であるならば・・・一刻も早くそれに取り掛かること。 怠惰と惰性の中に埋没して安穏としていては時間の無駄以外何物でもないし。 前を向いて進まねば。


 だてに30枚も付箋を貼ったわけではないのだ。(笑) 読み直しても思わず唸ったり、頷いたりと・・・教えられたり諭されたりが多々あり。 静かに流れていく物語であっても人の本質をを見る目には 「さすが!芥川賞受賞作家!」 と、著者にはおそらくとても褒め言葉とは思っていただけないであろう陳腐な思いを抱いた私である。


 誰しも一日、一日、刻一刻と人生の夕陽に向って時が刻まれているという事実からは逃れられない。 少しでも自分にとって良い人生、楽しい人生とすべく停滞と繰り返しという時間の浪費は極力避けたいものだよね。 
 そして、楽しいと思うことも 「いつかは」 などと 「いつかわからないいつか」 に先延ばしせずに、今日でも明日でもどんどん楽しんでいくというアクティブさも持ち合わせていたいと思ったりする。 私の場合、この楽しいことを他より優先するところがあるのが問題でもあるのだが・・・。 これも癖だ。それもかなり質の悪い。(嗚呼・・・。)


     810-3.jpg


            **この記事に何か感じるところがございましたらクリックいただければ幸いです**

                           ブログランキング・にほんブログ村へ  
スポンサーサイト
この記事のURL | | CM(6) | TB(0) | ▲ top
<<立ち姿美人? | メイン | 雨の日だから・・・蔵出し美人>>
コメント
- こちらへ -

伺うのなんか久しぶりな感じです。

宮本輝が描き出す大阪は私も好きです。
「泥の河)から始まった川シリーズも
やはり大阪の風景がよく描かれていますものねっ!

この本読んでみたくなってます!
2010/05/21 17:25  | URL | ヘルブラウ #pDmV/urE[ 編集] |  ▲ top

- ヘルブラウさんへ -

ちょっとお久しぶり・・・ですか?(⌒_⌒)

川シリーズ・・・読んでおりません。。。
すいません・・・話しについていけずに。(汗)
この本の十三の街の描写は本当に素晴らしく。。。

どちらかというとジミな小説札とは思いますが・・・なんだかジンワリする雰囲気があって・・・私は好ましく感じました。
2010/05/21 21:46  | URL | Haru.Seion #-[ 編集] |  ▲ top

- -

「遺伝」じゃなく「意伝」。。
なんかいい言葉ですね^^
親は子に 好む好まず関係なく 無責任な遺伝子のバトンを無意識に渡しているけれど
本当に伝えたいものは「意伝」なんですよね。
よいか子よ!ここだけは見といてぇ みたいな
まっ そんな時に子は よそ見してたりするんですけどねぇ(笑

もうすぐ梅雨のまったりした休日に読みたい本ですね(⌒^⌒)b 
2010/05/22 00:33  | URL | なっち♪ #-[ 編集] |  ▲ top

- こんばんは^^ -

宮本輝さん、共感する部分がとてもあって、20代すごく読みました。人は苦労した分だけ深く生きていけるのだなと。多感な時期に読んでよかった。
最近読んでいなかったのですが、この本読んでみたいです。
2010/05/22 21:42  | URL | yuyu #-[ 編集] |  ▲ top

- なっち♪さんへ -

「意伝」・・・大切なことだと思うんですよ。
ある意味遺伝より大きな意味があるのかな・・・と。
そんなことを考えさせられる本でしたよ。

独特の雰囲気のある小説です。
お読みになりますかぁ?(^^)
2010/05/23 09:54  | URL | Haru.Seion #-[ 編集] |  ▲ top

- yuyuさんへ -

おぉ。。。
20歳代から読んでいらっしゃったんですね!
多感な頃に読むとかなりビンビンきそうな作家さんですよね。
久しぶりに宮本輝の世界へ???(^^)
2010/05/23 10:01  | URL | Haru.Seion #-[ 編集] |  ▲ top


コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://hananosakuoto.blog52.fc2.com/tb.php/950-a334eb4a
| メイン |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。