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著莪にまつわる物語
- 2008/05/01(Thu) -

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                   私の好きな花の一つ、「著莪」にまつわる話し
著莪はアヤメ科の花で、4月から5月にやや日の当たらない湿った場所に群生することが多い。
そのため、山や森を歩いていると、湧き水の滴る木の根元などに咲いていたりして、その深みの白い花に紫と濃い黄色の文様で目を楽しませてくれる。
別名、胡蝶花とも称されるように、群生する様子は白い蝶が数多く舞うかのよう。

花は咲かせるが・・・結実しない。
種ではなく地下茎で増える。

地下茎で増える以上、その分布の広がりには人の手によるものと思われ、自生に見えても、かつては人が住んでいたとか、人の手が入った土地であることが多いようだ。

種が無いために、品種改良などが行われず、日本の著莪は全て同じ遺伝子を持つといわれる。
頑として単一品種を守り通してきたためか、花言葉は・・・「反抗」「抵抗」「決心」など、頑ななイメージの言葉が多い。
同時に、群生する様子が印象的なのか・・・「友達が多い」という言葉も充てられている。


その著莪にまつわる小説がある。
あるいは・・・事実に基づいた話しなのかもしれない。
要約はこんな話し・・・

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83歳になる祖母が、ホスピタルに見舞いと婚約の報告に来た唯一の孫娘(物語のストーリーテラーとなる“私”である)に頼み事をする。
それは・・・
昭和20年の春以来、ずっと心の内に秘めていたことを初めて語ることでもあった・・・。
祖母には、私の父を含めて3人の息子がある。
息子とはいえ、男の彼らに祖母はそんな話しも頼みごとも出来なかった。
今日、私が婚約をしたことで、祖母の血を分けた唯一人の女である私になら、話せる。頼めると、意を決したのではなかったか・・・。

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昭和20年春・・・祖母は17歳。
祖母の住まう鹿児島県の山間に半年振りに里帰りする2歳上の許婚を心弾む思いで出迎えた。
彼とは幼馴染で、家同士、親同士が決めた許婚というより、本人同士がそう決めて、その決意に周囲も自然にそれを受け入れたと、いう形で・・・いわば初恋を結実させようとしている仲であった。

彼は、海軍に志願した飛行機乗り。
いよいよ実戦に向かうことになるということで、その前の里帰りが許されたのだ。
彼が戦地に赴く不安はあるが・・・半年振りに会えた嬉しさに祖母の心は弾んだことだろう。
村を上げての帰郷を祝う祝宴の最中・・・彼に“明日の日中に二人だけで会いたい”と告げられた。

翌日・・・村を見下ろすことの出来る山の中腹に座って彼の話しを聞いた。
その場所は、二人が好きな著莪が群れて咲く場所。
所帯を持ったら、ここの花を家の周りに植えようと話し合ったこともある。
昨晩は、まだ何処に配属されるのか命を受けていないと言っていた彼だが・・・実際にはもう命は下っていた。
配属先は知覧。
知覧から海軍特別攻撃隊として出撃することが決まっていた。

特攻・・・・・・・。

両親には知覧から手紙で報告する決意であると告げられた。
祖母は泣いた・・・。泣きに泣いた・・・。
彼は“君を、両親を・・・俺たちの村の人を護るために出撃する。国のためではない”と語った。
祖母は彼の胸にすがって泣いた・・・。
そして・・・二人はそのままその山の中腹の草叢で初めて結ばれた。
祖母の気持ちの中では、祝言をあげたような気持ちであった。
二人だけの祝言を寿ぐかのように・・・ちょうど開花期を迎えていた著莪の花の群れが横たわる二人を取り囲んでいた・・・。

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祖母は彼の帰りを待った・・・。
しかし、終戦後も彼は帰ってこなかった。
終戦の翌年・・・失意の祖母は親の勧めで見合いをし、結婚をした。
彼の事は決して忘れてはいない・・・が、当時、親に抗うことなどなかなか出来るものではない。
彼が生きているのなら、そんな抵抗も親不孝をも覚悟で彼の元に走ったであろうが・・・。

戦後・・・祖母は夫の仕事の関係で東京に移り住み3人の息子を育て上げた。

時代が昭和から平成になった翌年、祖母の長兄が病で寝付いた。
その長兄を見舞った時に、祖母は衝撃的なことを告げられた・・・。

死んだと思っていた許婚の彼は生きていた。
知覧を飛立って沖縄に出撃した彼は、飛行機の不調で基地に戻らざるを得なかった・・・。
周囲の冷たい視線に耐えながらも・・・彼は再出撃の機会を待った。
が・・・終戦となった。
彼には“特攻くずれ”のレッテルが残っただけ・・・。
実は、知覧から出撃した特攻隊員の半数ほどは生き残ったのだ。
しかし、生き残った彼らの運命は過酷であった。
戦時中は軍神扱いにも祀り上げられたのに、いざ戦争が終わると・・・“無駄に戦争を引き伸ばした元凶がおめおめと生き残って”というような扱いですらあった。
そのような扱いを受け、故郷にもすぐに帰れず・・・同じ特攻仲間と鹿児島で無為な日々を送っているときに、いわれの無い強盗事件で逮捕されてしまった。
数ヵ月後に冤罪とわかって釈放されるのだが・・・。

そんな事情を察知して、両親は祖母の結婚を急いだという。
結局彼も故郷には帰れず、今更嫁いだ祖母の前にも姿を見せることも出来ず・・・同じ鹿児島県の山間の村の親類が都会に出るということで空き家となった家を終の棲家と決め、田畑を耕して生きていたという。
そのことを知る祖母の長兄は・・・せめて自らの寿命のあるうちに・・・と、両親が祖母には秘して墓の中まで持っていった事実を告げてくれた。

祖母の心は乱れた・・・。
どうかすると、夜中にでも長兄が教えてくれた、その村に駆けつけたい衝動もあった。
かといって・・・“今更・・・”という気持ちにもなった・・・。
そんなことの繰り返しの数年ではあったが・・・祖母がその村を訪れることはなかった。

そして今・・・自らの命の炎が消えようとしている今・・・同じ女である孫娘の私に、その村のかつての許婚の住まう所を訪れてみてくれ・・・というのが祖母の願いでもあり頼み事であった。

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桜も散った頃、私はその村を訪れた。
村の人に聞きながら訪れた里山風景の中にある、祖母のかつての住まいはもう朽ちかけていた。
その家の主は・・・もう亡くなって10年以上経つという。
祖母が長兄に事実を聞いたときには・・・もうこの世にいなかった。
生涯一人住まいであったらしい・・・。

その朽ちかけたさな田舎屋の風景を写真に撮った。

その写真は、素人の私が撮ってもとても美しい写真となった。
ホスピスの祖母にその写真を見せた・・・。

写真を見た瞬間から・・・
祖母の両目から大粒の涙が ぽろぽろ と溢れ出した・・・。
だが、祖母は悲しんでなどはいない。。。

“ありがたい・・・。ありがたい・・・。本当にありがたい・・・。もうすぐ・・・もうすぐ私も・・・”

口元に柔らかな笑みさえ浮かべながら・・・
朽ちかけて傾いでさえいるその田舎屋の庭中に、手入れされることもなく、伸び放題の垣根の根元からも一杯顔を出しているかのように・・・つまり辺り一面の著莪の花々に覆われ尽くされたかのような・・・
その家の写真を見つめながら・・・。

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コメント
- 永遠の恋・・・ -

先日観た「眉山」と少し重なりました。
実らない恋ほど・・・永遠なのかしら。

その朽ちかけたさな田舎屋の風景を想像しながら・・・
著莪の花の美しさに見惚れました。
2008/05/01 06:42  | URL | Lei Lei #-[ 編集] |  ▲ top

- Lei Leiさんへ -

相手に気持ちは十分通じていたのだから、祖母の恋が実らなかったとは思いませんが、恋が実るということとと一生を共に過ごすということは・・・必ずしもイコールではないって思ったりします。

著莪の花、決して派手さはないですが・・・好きです(⌒_⌒)
2008/05/01 10:59  | URL | Haru.Seion #-[ 編集] |  ▲ top


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