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「死を想え」・・・という言葉がタイトルになった本
- 2009/09/16(Wed) -
                      (Please click this photograph)
                    556-0.jpg

                          25年ぶりの改訂版
                           
 この本のタイトル 『Memento-mori』 とは・・・ペストが蔓延り、生が刹那、享楽的になった中世ヨーロッパで盛んに使われたラテン語の宗教用語である。(以上、本書内の記述より)
 日本語では「死を想え」 とか 「死を忘れるな」 などと訳され、人は皆、自分が死すべきものであるということを人々にあらためて知らしむべく使われた言葉と解釈される。
 

             556-2.jpg

                            『メメント・モリ』 藤原新也 著


 一部日本も含む主にアジアの各地で著者が撮った写真に著者自身の言葉が添えられた本書・・・私は25年前に出版された改訂前の『メメント・モリ』を手にした事は無いが・・・改訂版でも十分にこの本の写真の衝撃度は伝わってくるし、そして、単に衝撃を与えるためだけに撮られたのではないというその奥深さは何度か写真とその写真に添えられた言葉によって心に浸透してくるような感じだ。

 扉の写真に使った “太陽があれば国家は不要。”という骨太な言葉・・・とても好きだ。 同じような意味合いで思い出すのは・・・かつて毛利衛さんは宇宙から見た地球を称して 「宇宙からは国境線は見えなかった」 と述べた言葉だ。 著者のこの短い言葉には地球上の大多数の命の源である太陽、そして、その太陽も地球も存在する宇宙を思うとき・・・国家間の戦争や必要以上の国家エゴイズムのなんと不毛なことかという思いが込められているようにも感じられる。

 確かにそうだ。。。 近代においてもソビエト連邦という巨大な国が崩壊し、地球上から消滅しても・・・その地に住まう人々が消滅したわけではない。 日本においても江戸幕府から明治維新へと国の在り方がご一新されても・・・日本列島に暮らす人々は営々とその営みを続けてきたし、自民党政権日本国から民主党政権日本国に変わろうと・・・たとえ日本が Seion王国(笑) と名を変えようとも・・・この島国に生きる人々は生き続けていく。。。
 が、毎日昇るはずだと当たり前に考えている太陽が、明日から二度と空に耀かないとなれば・・・人間も含め、地球上の多くの命は壊滅的な打撃を受ける事は火を見るよりも明らかだ。 
 著者の撮った(おそらくインド)の大地に根を張る大木の彼方に沈み行く(日の出ではなく日没だと私は解釈)大きく真っ赤な太陽・・・そんな地球の大地を意識出来るような写真、そんな光景を目にすれば・・・当たり前すぎて普段は思わない太陽はじめ大宇宙、自然の恩恵に思いを馳せるような気分にもなろうというものだ。


               556-1.jpg


 本書には・・・野犬に食べられる人間の死体の写真に “ニンゲンは犬に食われるほど自由だ” という言葉が添えられたり、(おそらく)ガンジスに流れるほとんど骨となった死体をカラスが啄ばむ写真に “ありがたや、一皮残さず、骨の髄まで” という言葉が添えられるなど・・・現代の日本で暮らしている身にとってはショッキングな写真も何点か収められている。。。
 だが、その他の写真やそこに添えられた言葉をじっくり読んでいくに連れ、徐々にそのショッキングな光景も 一つの死の形 として捉えられえるようにもなってくるような感じがする。


     556-4.jpg


 『Memento-mori』 ・・・ 「死を想え」 とか 「死を忘れるな」 ・・・ この言葉をタイトルにした著者の意図は私などに確とはわかりはしない。
 だが私なりに感じる事は・・・ 死を思ったり忘れないようにするということは・・・「死を恐れる」 とか 「死を特別なこととして捉える」 ということではなく、誰しも 「必ず死ぬ」 わけだし、「誰しも大切な人の死という事態に遭遇する」 という当たり前のことから目を逸らさず、いわば 「死を意識する」 ことによって、実は 「死」 とは表裏一体の 「生」 を一層大切に出来るものなのではないか・・・そんなことを感じたりした。
 病院のベッドの上で死に、その後火葬場で荼毘に付されるも死。。。 地に倒れ野犬に亡骸を食われるも死。。。 死して聖なる川に流され、やがて骨だけとなるも死。。。 死して肉体が滅するということに変わりは無い。 ならば、その死を恐れることなく意識することによって、生なる肉体があるうちの 「生」 、そして 「今」 を愛しく、大切に出来るのではないか・・・。

 自分の 「生」 に少しでも迷いが生じたり、その 「愛しむべき時間」 であることの意識が薄れた時に開きたい本だ。

 ちなみに・・・25年前の改訂前からの 『Memento-mori』 の愛好者の中には改訂版に対して芳しくない感想もあるようだが・・・小説を改訂してストーリーや結末を大きく書き換えるという類の本ではないのだから・・・改訂前の 『Memento-mori』 の拘りすぎるのはあまり意味の無いことのように思われる。
 個々、それぞれの個人によって 改訂前であろうと改訂後であろうと・・・それぞれが心に感じることの大なる方をその人にとっての 『Memento-mori』 だと思っていれば良いことだ。
 そんな小さな拘りは・・・大地に沈む真っ赤な太陽や古来から滔々と流れ続ける大ガンジスの前においては・・・地に倒れたままの亡骸に群れるハエよりももっと瑣末なことだと私は思う。


               556-3.jpg


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コメント
- メメント モリ! -

とっても素敵な本を紹介いただき
感謝します!
今日は自分にとって節目の大事な日でもあるので
Seionさんにありがとうと言いたいです。
もっと一生懸命生きなさい、とメッセージを受け取りました。(勝手に)
本屋さんに行きま~す☆
2009/09/16 09:00  | URL | Jun #-[ 編集] |  ▲ top

- Junさんへ -

Junさん・・・ひょっとしてお誕生日?
だとしたら。。。
(*^^)/。 ・:*:・゜ ★,。 ・:*:・゜☆オメデト!

この本・・・いろんな意味で深みがあっていい本だと思います。
私は、一生傍らに置いて、時に応じて開こうと思っています。
一生懸命に・・・というより、敢えて言えば、とらわれ過ぎずに生きましょう!って感じかな。。。(^^)
もしこの本、手にされて開かれたら感想などお聞かせくださいネ!!
2009/09/16 23:38  | URL | Haru.Seion #-[ 編集] |  ▲ top

- 早速! -

昨日、すぐに本屋さんに走り探しました。
なかなか見つからず。
と思ったら、写真集コーナーにありました!
メメントモリが2冊あり、1冊は英語版でした。
迷いましたが、私は英語版を買いました。

この本は20年以上前から読み継がれているものなんですね。
頭をガーンとやられてしまいました。
自分はまだまだちっちゃいなと思いましたし、
息子たちには、世界を見て欲しいと思いました。
藤原氏の仰るように、バイブルとして
時々読みたいと思います。
『道をたずねた。老婆は答えた。上さまに行けば山、
下さまに行けば海。どちらに行けば極楽でしょう。
どちらさまも天国、どちらさまも地獄。
世界はあんたの思った通りになる』
これが今のお気に入りのページです。
『水はバイブルである』この写真も
『太陽があれば国家は不要』このページも大好きです。

お祝いの言葉、とっても嬉しかったです☆
誕生日にスゴイ本にめぐり合えて感動しています。
ありがとうございました。大感謝☆☆☆


2009/09/17 09:11  | URL | Jun #-[ 編集] |  ▲ top

- Junさんへ -

おぉ。。。
早速 『Memento-mori』を手にされたのですね!
誕生日の 一つの記憶つくり にお役に立てたようで幸いです。(^^)

『道をたずねた。老婆は答えた。上さまに行けば山・・・』 いいですね。まるで海岸に向かって草叢を疾走していくかのような写真も印象的ですよね!

『肉親が死ぬと、殺生が少し遠ざかる。一片の塵芥だと想っていた肩口の羽虫に命の圧力を感じる。草を歩けば草の下に命が匂う。信仰心というのはこんな浅墓な日常のいきさつの中で育まれるみのか。老いた者の、生き物に対するやさしさは、ひとつにはその人の身辺にそれだけ多くの死を所有したことのあらわれと言えるのかもしれない。』 という文章には思わず唸りました。。。

『人間は肉でしょ、気持ちいっぱいあるでしょ。』の圧倒的な存在感の写真にはビックリ!(◎-◎;) でしたが・・・(笑)

写真も文章もダイレクトに気持ちに響いてくるような気がする本ですよね!
2009/09/17 23:34  | URL | Haru.Seion #-[ 編集] |  ▲ top

- ホント! -

たくさん勉強になった写真集でした。
人の死を多く所有すると、殺生から少し遠ざかる・・。
唸ります。
死を自然現象の一つとしてとらえているので、
人が犬の食事風景になっていることにも
そんなに抵抗は感じなかったです。
私も鳥葬でも熊葬でもいいなぁ~。
「人間は肉でしょ」の彼女、溢れ出る生命力を持って
笑っていますね!
性の原点ですね~。
藤原新也という人をもっと知りたくなりました。
すごいわ~。
2009/09/18 09:06  | URL | Jun #-[ 編集] |  ▲ top

- Junさんへ -

確かに!
死を自然現象の一部としてとらえているという言い方が的確だと思います。
いろんな死に様があっても死は死。
だからこそ生を大切にせねば・・・そんな気持ちにさせられます。

「人間は肉でしょ」・・・あの笑顔があるからいやらしさは感じないよね。
なるほど~ ある意味性の原点という見方も出来るね~

私も機会があれば藤原さんの他の本を手に取りたいと思ってます。(^^)
2009/09/18 11:47  | URL | Haru.Seion #-[ 編集] |  ▲ top

- 花は、朽ちる墓標。 -

死の体験は、生の体験の延長上・・・と思えれば・・・うーん。。。まだまだ体験が足りないみたいです。
ならば! かのSeion王国で、いろんな生を経験して、生きている今を実感して・・・これから10年後、20年後に何を考えているか・・・それが今の私の “Memento-mori”・・・じゃなければ、逆説的に“これが私の生きる道”???

ところで、英語のmomentって、このラテン語と何か関係があるのかも知れませんねー。

それにしても、Seion王国って・・・怪し過ぎ~。
2009/09/19 11:50  | URL | 待雪 #-[ 編集] |  ▲ top

- 待雪さんへ -

間違いの無い事は・・・命は生まれた瞬間から 死 に向かってあゆんでいくことであり・・・それが明確ならばあとはどう 生きるか だけが問題ですよね。

確かに moment ・・・関係あるような感じがしますね~!

Seion王国が怪しい?
そりゃそうです。建国されれば怪しさの限りを尽くしますが~(笑)
2009/09/19 13:08  | URL | Haru.Seion #-[ 編集] |  ▲ top


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