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善光寺辞退後の聖火リレーコース決定
- 2008/04/22(Tue) -

                 050-01.jpg

           五輪聖火リレー出発点を辞退した善光寺
善光寺は千四百年に渡って民衆の信仰の拠り所となってきた我が国有数の霊場。

その創建には諸説あるが・・・
日本書紀などによると、552年(第29代欽明天皇時)、我が国へ初渡来の釈迦仏のによって、仏教を受け入れると主張する側の蘇我氏と仏教を認めないと主張する側の物部氏が対立し、暫定的に蘇我稲目がその仏像を賜り、我が国初の寺、豊浦寺へ祀られたが、後に疫病が蔓延し、災害は仏教崇拝によると云う理由で、廃仏派の物部尾興によって、仏像が「難波の堀江」へ投げ込まてしまった。
それから約50年後の602年(第33代女帝推古天皇時)4月信濃国(長野)麻績の里人、本田善光と子の善佐が廃仏されたこの地を歩いていると“我を掘り出せ”と声が・・・。
掘ってみるとかつての輝きを失うことのない黄金の釈迦仏を掘り出した。
その仏像を信濃にて祀り本田善行名をとって「善光寺」が創建されたという。

この仏像については、仏教伝来時代の仏教の進化過程を考えると、現在の善光寺の本尊である阿弥陀三尊像とするには無理がありそうだ。
仏教徒に阿弥陀信仰が興り、阿弥陀如来像が作られるのは、もう少し時を待たねばならない。
釈迦像から、その後の如来信仰の隆盛と共に、住職さえも見ることの出来ない絶対秘仏である善光寺式阿弥陀三尊として信仰対象も少し変わったのかもしれない。

戦国時、この本尊善光寺式阿弥陀三尊は、流離の旅を余儀なくされる。
善光寺のある辺りはかつて善光寺平と呼ばれ、幾度となく繰り返された武田信玄と上杉謙信の戦の舞台となった。
この地の軍事的、地理的な重要性はもとより、民衆の厚い信仰を集める善光寺を自領としたいと、戦国きっての名将である二人ともが欲したのだ。
そして、武田信玄は強制的に本尊、善光寺の組織体とも自領である甲斐に映し、甲斐善光寺に祀った。
しかし・・・信玄亡き後、武田軍は新興勢力である織田・徳川連合軍に長篠で破れ、それを契機に武田は勝頼の代で呆気なく滅ぶ。
その本尊は、天下布武を掲げて都に上った織田信長の手で祀られるが・・・その信長も本能寺でよもやの非業の末期を遂げる。
信長の死後、天下統一を成し遂げた豊臣秀吉によって本尊は京の方広寺に祀られるが・・・秀吉の死の前日に本尊の阿弥陀如来が病床の秀吉の枕元に立ち“信州に戻りたい”と告げたから、とも言われるし、秀吉の死後の天下を狙う家康の意で戻されたとも言われるが・・・ともあれ40数年ぶりに本尊は善光寺に戻られた。
ご本尊を我が手中に留め置こうとした権力者達は、ことごとくその家の繁栄を遂げられず世を去ったことになる。

そして現在の善光寺は・・・天台宗の大勧進の貫主と浄土宗の大本願の上人が共に二人で住職を務める形態となっている。
特筆すべきは、この本願の上人が代々、皇室に繋がる女性から選ばれた尼公上人であるということ。

このように・・・創建以来日本中の民衆の信仰を集め、日本の歴史にその名を深く刻み、その歴史を権威主義的に使うことなく、あらゆる宗派、あらゆる人々に門戸を開いてきた寺である。
これだけの寺が昼夜関係なく、自由に出入りできるなど・・・その門戸の広さを象徴しているかのよう。


その善光寺が五輪の聖火リレーの出発点を辞退した。
安全上の混乱を憂慮したことは当然だが、チベットの僧、信徒の迫害にもキッチリ言及した姿勢に感動すらした。
どの程度の数の僧や民衆が命を奪われ、拘束され、まだまだ闇から闇にその命を奪われる危険性のある人の数は把握されていない。
少なくとも中国当局が発表している数を信用している人、国は世界的にも圧倒的に少ない。

五輪と政治と関連付ける云々以前の、人の命の問題だと思う。
宗派は違っても、チベット仏教・密教は日本仏教と起源を共にする同じ仏教徒。
そもそも日本の仏教界も殺生を否定する仏教の重要な戒律に則って、チベットで起こっていることについて正式に憂慮する声明でも出せば良いと思っていた。

だから、苦渋の決断であったようだが、私的には善光寺の決定に大賛成。
確かに、観光面、経済効果的な面、五輪という平和の祭典の行事なのだから参加しても・・・という意見もあろうが・・・善光寺はあくまで多くの民衆の信仰の拠り所。
同じ仏教徒、それも一般的な日本人よりはるかに敬虔な仏教徒の受難を看過して、平和の祭典に参加するという方が、その信仰を裏切ることにつながるのではないかとすら思う。

(そもそも・・・五輪が真の平和の祭典であるならば・・・銃口をもって自国民のデモを抑圧し、その実情すら公表されることのない体制化で行われること自体に私個人としては懐疑的では有る。問題があるのは国民ではなく、あくまで体制)

その善光寺の決断に抗議の意か面白半分か・・・わからないが、落書きするなど言語道断。

                 050-02.jpg

どういう意でこのような愚挙をしたか理解できないが・・・この寺のご本尊を持ち出した権力者達の末路を思うと・・・このような行いをして・・・決してただでは済むまい。決して。
などと思いながら、この落書きのニュースを聞いた。

善光寺を外した聖火リレーの変更コースが、昨日発表された。
行われる以上、大過なく無事に行われることを願うのみ。



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コメント
- 今日は・・・一段と難しい(泣) -

Haru.Seionって・・・春紫苑のお花の事ですか?
春・詩音? 春・師恩・・・色々考えてましたが? 

いつも・・・間違えたらいけないので、セイオン・セイオンと口ずさみながら入力しています(汗)

50字以内でお答えくださいi-179
2008/04/22 14:28  | URL | Lei Lei #-[ 編集] |  ▲ top

- 先生、私も無理です -

↑私も気になっていた~
睡眠薬?
2008/04/22 17:31  | URL | モカ #-[ 編集] |  ▲ top

- Lei Leiさんへ -

50字以内では無理ですので断念です(*^m^*)
ただ、ある言葉の語感が好きで・・・。
またあらためてご説明申し上げます(⌒_⌒)
2008/04/22 18:51  | URL | Haru.Seion #-[ 編集] |  ▲ top

- モカさんへ -

私、根っから歴史大好き人間でして~(⌒_⌒)
歴史と仏教が関わる話題なんてとても好きです。
チベット密教は日本の密教とはかなり教義の違いもあり、
特に興味があるわけじゃないですが・・・
あちたでは、ここ数日の間にも何百人もの僧侶が、
中国当局に連行・拘束されていると聞いては無関心ではいられないです。
2008/04/22 18:57  | URL | Haru.Seion #-[ 編集] |  ▲ top

- NoTitle -

チベット密教に興味を持ち少し関連書などを読んだこともありましたが、もう忘れました。

こちらは寺院が多く、いわゆる寺町と名がついているほど密集している町があります。
何故、連なるほどに建立されたのか?
敵の侵略から城を守るためです。
仏教と名を代名詞にした砦です。
   なんか釈然としません。

お上人さんも人の子。
いろんな方がいらっしゃいます。
私はこのかたこそというお上人さんに出会ったことがありません。
観光地化された寺のお上人さん。
   清貧という言葉を忘れたのだろう。
2008/04/22 20:03  | URL | モカ #-[ 編集] |  ▲ top

- モカさんへ -

戦国が終わり徳川の世になると・・・
安泰を図るため、権力との協調関係を保ちましたからね。
仰る通り、寺はいざという時の砦機能を持たせた所が多いですね。

確かに・・・坊さんも人の子(笑)
清貧だなんて程遠い人が多いですね~
宗派にもよるのですが・・・頭を丸めていない所もあって・・・。
うちの旦那寺のおっさんも、若さんも・・・・・・。
( ̄△ ̄;)。。。 ←私、こんな顔になっちゃうことも有り。。。

総論として・・・鎌倉期以降、日本の仏教は総じて“信仰心”“敬虔さ”において芳しくない状態になってしまいましたね。
もちろん各論として、素晴らしい宗教者、信仰心に篤い人はいつの世にもいますけどね。
2008/04/22 20:42  | URL | Haru.Seion #-[ 編集] |  ▲ top

- NoTitle -

久々に、尾崎豊を聴いたからか、矛盾だらけのことにムカムカしてきた(`Д´)
反骨精神がムクムクと・・・若い?というより幼い?
2008/04/22 23:20  | URL | モカ #-[ 編集] |  ▲ top

- あらまっ(笑) -

尾崎豊で?
確かに若い!(笑)
でも、まぁ・・・理屈より感情で突っ走ることも若さゆえ?

でも・・・彼の場合、結果として前向きに突っ走るんじゃなくて、
直面した問題に背を向けて逃げた・・・のかな。。。
2008/04/22 23:54  | URL | Haru.Seion #-[ 編集] |  ▲ top


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