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驚!1200年ぶりの交流
- 2009/05/31(Sun) -
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                            高野山 金剛峯寺大門
 平安の世からこの国で多くの人々の信仰を集めてきた真言宗の総本山金剛峯寺と天台宗の総本山、延暦寺との歴史的な交流のニュースが流された。


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                《真言宗と天台宗 1200年ぶり交流 天台座主、高野山を来月訪問》

真言宗の総本山、高野山金剛峯寺(こんごうぶじ)(和歌山県高野町)で来月開かれる行事に、天台宗の半田孝淳(こうじゅん)座主(ざす)が参拝することが分かった。天台宗トップの高野山への公式な訪問は、日本に真言宗、天台宗が伝わった平安時代以来初めて。1200年間を通じて初めてとなる歴史的な参拝をそれぞれの事務方では、「相互理解のためになる」と歓迎している。

 両宗派のトップ交流をめぐっては、天台宗を伝えた最澄と、真言宗を伝えた空海の交流をめぐる逸話が有名。2人はともに中国(唐)で仏教を学んだ留学仲間で、帰国後も交流を続けていた。しかし、晩年には教えや修行をめぐる考えの違いから確執が生まれ、絶縁状態になった経緯がある。経典を借りようと弟子を派遣した最澄に対して、空海が激しい内容の手紙で貸し出しを拒否し、交流が途絶えたと伝わっている。

 天台宗務庁によると、天台座主の高野山参拝は、過去に私的にはあったようだが、公式訪問は約1200年間、一貫して確認されていない。歴代の天台座主の公式動向を記録した「天台座主記」にも記載がないという。

 高野山真言宗の宗務所の話でも、最澄と空海が絶縁する前に弟子が行き来した記録はあるものの、天台座主の訪問の記録はないという。逆に高野山真言宗の座主の比叡山訪問は、平成17年の比叡山開宗1200年行事の際にあったが、その時は他の仏教教団トップらと一緒だった。高野山真言宗座主の比叡山訪問には、天台宗が仏教やキリスト教、イスラム教など世界の宗教指導者らが一堂に会する「宗教サミット」にも力を入れていることが背景にあったが、逆に天台座主が高野山を公式に訪れたことはなかった。

 今回の訪問は、天台宗の半田座主と、高野山真言宗の松長有慶(ゆうけい)座主の交流がきっかけとなった。宗教協力の催しなどで席を共にする機会が何度かある中で親しくなり、半田座主側が訪問を打診。松長座主側が、「せっかく来ていただくなら、高野山の最大行事に」と「宗祖降誕会」に招待したという。毎年6月15日に開かれる宗祖降誕会は、空海の誕生を祝う高野山の最大行事。

 天台宗では「過去はともかく、現代ではまったく確執はない。交流を深めさせていただくのはいいこと」。真言宗も「宗祖に関連する行事に参拝していただきありがたい。今後のさらなる交流につなげていきたい」と話している。

                                                5月29日8時0分配信 産経新聞

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                               比叡山 延暦寺根本中堂


 真言宗の金剛峯寺と天台宗の延暦寺はそれぞれ高野山、比叡山と山の名で呼ばれ、それぞれ弘法大師空海と伝教大師最澄が開いて以来、長きに渡って多くの人々の信仰を集めてきた。
 
 そもそも・・・日本仏教会を代表するスーパースターである空海(774~835)と最澄(767~822)の二人が同時代に生を受け、この世に存在していたこと自体が奇跡的なことだし、その二人がこれまた奇跡的に同じ遣唐使一行として唐に渡り(もっとも、すでに仏教界で確固たる地位にあった最澄と無名の留学僧であった空海との立場の違いは歴然としていたが)、それぞれ真言、天台の教えを学び得て日本に伝え、今日に至るまで高野山、比叡山と並び称される仏教の霊山となっている。

 空海と最澄のことのついては・・・司馬遼太郎さんの『空海の風景』 や 梅原猛さんの『最澄と空海―日本人の心のふるさと』 を読んで興味を持つようになった。 最澄の仏教の教えへの純粋無垢な求道者的な人格にも惹かれするのだが・・・なんといっても未だに謎の空白期があったり、全国に数多くの弘法大師伝説が語り伝えられ・・・ある意味世俗的・政治的な部分もある空海の方に個人的には強い興味を覚えたりした。
 で・・・ある時突然思い立って単身高野山に行った。 それはもう本当に唐突に・・・前の夜 “明日、高野山に行こう” と・・・まるで何か大きな力に牽かれるように、次の日仕事も休んで高野山に行った。
 そして高野山、特に奥の院に今まで感じたことの無い圧倒的に荘厳な雰囲気を感じ、いや、感じたというよりあの場所の言葉では言い表しようのない雰囲気に体全体を包まれたと言っても良いかな・・・それからだ、それまで仏教に関しては一般的な知識しかなく、有名寺院に行っても漫然と拝観していただけだったのが・・・宗派のことや仏像のことなど・・・仏教全般について本を読んだりもするようになったし、あるいは “あの仏像にお会いしたい” などと明確な目的を持って寺院に足を運ぶようになったのは。。。


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                                高野山 金剛峯寺金堂

 
 そんな思いのある高野山と比叡山の1200年ぶりの公式な交流・・・大いに結構なことだと思う。。。 9・11以降ますます泥沼化していっているキリスト教国圏とイスラム教圏との一神教信仰宗教的な闘いの色濃い状況・・・こんな時だからこそ、仏教やヒンドゥー教のような多神教の教えももっともっとこれからは担うことはあるのではないか・・・そんな気がしている。
 だから、日本の仏教界も宗派ごとに凝り固まるのではなく・・・“日本仏教界”として大いに世界に物申すこともあって良いのではないかと思う。(私、善光寺がチベットの僧侶や信者への迫害に言及し北京五輪の聖火リレーの出発点を辞退したことに・・・心の中で拍手をした一人です)
 そういう意味で・・・高野山、比叡山という仏教界の二大聖地の交流は1200年の時を経た画期的那出来事であるように思われてならない。


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                                 比叡山より琵琶湖を臨む


 前にも記事で述べたことがあると思うが・・・いくら空海に惹かれても、様々な仏像などに魅了されても・・・今のところ自分の宗派を改宗するようなこともない。
 信仰というより、むしろ 日本の文化 として仏教や神道のことに関する本を読んだり神社仏閣に足を運んだりしているという感じだと思っている。

 少し知れば知ったぶんだけ更に 知りたいという好奇心 が日本の仏教にも神道にも広がっていくという奥深さと幅の広さがあり・・・一生かかっても 知ること も 実際に足を運ぶこと もたかが知れているのかもしれない。。。 が、出来るだけ 知りたい、足を運びたい と思っている。 それも、楽しみながら。。。

 新型インフルで高校生の海外への修学旅行の中止の報道などを見聞するにつけ思うのだが・・・何も学生の修学旅行で海外に行かなくとも・・・日本国内で 行くべき所 は山ほどあると思うのだが・・・。
 その点、奈良・薬師寺はすばらしかった。 修学旅行生に仏教の教え、薬師寺のことを語り聞かせしていたお坊さんの語り口がそれはもう軽妙で・・・学生は大爆笑。。。 その後ろで立ち聞きしている大人も大爆笑。。。 もちろん私も大爆笑。。。 私、お寺の関係者の人に “あの方は本当にお坊さんなんですよね? 吉本の芸人さんじゃないですよね?” と・・・マジに聞いてしまったくらいだ。
 そんな風に面白おかしく・・・楽しみながら日本の文化として仏教や神道をもっと多くの日本人が 知るきっかけ となる機会が増えると良いのだろうなぁ・・・と強く思う。

 今回の高野山と比叡山の1200年ぶりの交流についても・・・信者さんたちだけではなく、多くの日本人がそのニュースの意味の深さに興味を覚えて欲しいと思ったりする。。。 なんせ、空海と最澄以来途絶えていた両山の交流なんて・・・信仰云々ということだけではなく、ある意味歴史浪漫の世界だと思う。。。


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                       高野山奥の院・・・御廟へと向かう道


 今回の記事に使用した写真は・・・私が高野山、比叡山を訪れた際の写真を使用しました。
 

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コメント
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最後の雪の舞う道・・・ステキです!
風情と口にするには軽薄に思え
奥へと続く道は 仏の心の道。。
こんな場に身を置き 歴史的浪漫紀行に夢を馳せるのもいいですね。
2009/05/31 00:32  | URL | なっち♪ #-[ 編集] |  ▲ top

- 管理人のみ閲覧できます -

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2009/06/01 14:28  | | #[ 編集] |  ▲ top

- なっち♪さんへ -

この高野山の奥の院で感じた感触・・・私のそれなでの人生には無いものでした。。。かなり強烈でした。。。

信仰にとらわれ過ぎる必要は無いにせよ・・・こういう荘厳な場所に実を置き、心を引き締めることも時には必要だな・・・そう思ったりしています。
2009/06/02 00:16  | URL | Haru.Seion #-[ 編集] |  ▲ top

- 鍵コメさんへ -

どうもありがとうございます!
感謝です。
それだけ私の記した文章をしっかり読んでいてくださることに感謝もし、嬉しく思いました。
これからも・・・何かありましたらヨロシクです!(V^-°)
2009/06/02 00:19  | URL | Haru.Seion #-[ 編集] |  ▲ top

- スーパースター -

120年ではなく、1200年ですからね。。。ニュースにもなろうものですね…いや、120年でもニュースになるでしょうけど。

宗派が分かれたということは、何かしらの相違で分かれて行ったのでしょうから“仲良し”というのも、それはそれで違和感を持ちそうですが、お互いを認めて尊重しあう“交流”を持つのは、素晴らしい・・・本山の方々が思われていたのかどうかは分かりませんが・・・ただ、そうなるには、ものすごーく長い年月が必要だったということなんでしょうね。というか、1200年を経た今、歴史を変える?決断をした現在の本山トップ同士がすごいです。
今回を機に、この交流が継続して発展していくのか、それとも今回限りのニュースで終わってしまうのか…何て言っても「宗教」ですから、あまりにもいろいろありそうで。。。


もう一人のスーパースター…「ジーザス・クライスト・スーパースター」をこの前、観に行ったんです。
『劇団四季の原点』とか『心を揺さぶられる』と聞いていたので「一体、何を感じるだろうか?」と期待?して行ったのですが…歌と踊りに目を奪われていたということなのか…自分でもびっくりするほど内容が理解出来ずに、いくらなんでもあまりにも消化不良だったので、千秋楽にもう一度観に行ってきました。
でも、正直なところ、それでもまだ『心を揺さぶられる』というところまで至らなかったのは、私の感性の問題のようです。。。
2009/06/02 00:54  | URL | 待雪 #-[ 編集] |  ▲ top

- 待雪さんへ -

仏教も創始者、仏陀の教えからその後様々な宗派が生まれていきましたもんね。
その中でも密教は仏陀の教えの範疇を大きく越えて、ある意味ヒンドゥーをも取り込んでいるそのスケールの大きい教えに興味があったりします。

四季のは一度も観ていないのですが・・・かつて映画で「ジーザス・クライスト・スーパースター」を観たことがあるだけで・・・。
ただ、今度映画化された『天使と悪魔』も『ダ・ヴィンチ・コード』もそうですが・・・敬虔なクリスチャンであればあるほど衝撃は大きいんだろうと思ったりします。
実は、まっこうから理解をしようと思えば思うほど 心を揺さぶられる ことに至らないのかもしれないですね。。。 おそらく私もそうだと思います。 四季は『キャッツ』しか観たことないですが・・・以来、観に行こうという気になったことがないというか・・・。
2009/06/02 11:33  | URL | Haru.Seion #-[ 編集] |  ▲ top


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