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梅原先生の授業
- 2008/04/13(Sun) -

          041-0.jpg   041-01.jpg

          『梅原猛の授業 仏教』    『梅原猛の授業 道徳』
もしあなた(の家)が仏教徒なら・・・
 *あなたの宗派の本山はどこなのか知っていますか?
 *その宗派の(日本における)開祖が誰か知っていますか?
 *その本山を訪れたことがありますか?
   (日本人の中には自らの家の宗派の本山と知らずに有名寺院を訪れる人もいる)
 
これらの問いかけに即答できない人は案外多い。
驚くべきことではない。
家でもそういう話しをしない家庭は多いし、学校でも、ましてやあなたの家の旦那寺が特に教えてくれるような機会も無い。
私もそうだった。
父が亡くなって、本山に納骨行ったりすることがあって、ようやく家の宗派について少しわかってきた程度だった。

日本人の多くは仏教の宗派の信徒が多い。
(ことになっている・・・)
しかし、仏前結婚する人は多くなく、新年の参拝に自分の宗派のお寺に行く人も少ない。
ふと考えてみれば不思議なことのようにも思える。
敬虔なキリスト教徒やイスラム教徒から見れば、日本人のほとんどは無神論者、無信仰者に思われるかもしれない。
そのように思われて良いのだろうか???

良いのである!
と、私は思う。
キリスト教も、イスラム教も一神教。
一方、そもそも仏教は多仏、多神の教え。
正確に言えば、日本に伝来した大乗仏教はそういう教え。
ましてや、仏教の伝来以前から、日本人は山にも海にも地にも草木の一本ずつに至るまで神が宿ると考えた八百万の神々の国。
日本人は、困った時には・・・・“Oh!神よ!”ではなく“神様、仏様”で良いと思う。

環境破壊による地球温暖化や動植物の絶滅種の増大の危機が叫ばれる現代・・・。
一神教信仰国同士や原理主義的考え方の集団による戦闘、テロ、憎悪の連鎖が起こっている現代・・・。
そういう時代だからこそ、仏教や八百万の神々の考え方(日本の神道やヒンズー教など)がもっと見直される必要があるのではないかと思う。

だが・・・そんな日本の仏教について学ぶ機会は仏教系の学校にでも行かないとなかなかない。

梅原猛氏・・・現代日本を代表する哲学者。その活動は多岐に渡り学術的な研究にとどまらず、先進的な歌舞伎の脚本の出筆なども手掛ける。
その梅原氏は・・・日本の歴史、文化、道徳はすべからず仏教に根ざしており、その日本人としての根幹を学ぶ場が無いことを憂い、自ら志願して真言宗の京都、洛南高等学校付属中学で2年にわたって、それぞれ12回の授業を行った講義録がこの『梅原猛の授業 仏教』『梅原猛の授業 道徳』
以前、『仏教』を読んで、最近『道徳』を読み終えた。

特に『仏教』が特筆すべき一冊と思う。
数年前に高野山を訪れたことがきっかけで、仏教に興味を持って様々な本を読んだりしてきた私にとっては、特別に目新しい内容ではなかった。
が・・・世界的宗教観、キリスト教からイスラム教などから話しを起こし、仏教の起源から、日本への伝来、そして、現代に至るまで日本における仏教の変遷と・・・その内容のボリュームの大きさに比し、その話しのわかりやすさに驚いた。
もちろん中学生への授業ということもあろうが、仏教の変遷について、私は今までにこれほどわかりやすく書かれた本に出会ったことがない。

平安後期、伝教大師最澄の天台宗、弘法大師空海の真言宗の伝来によって大きく花開いた日本の仏教が・・・やがて多様化と俗化を伴って広がっていく様。
徳川幕府の檀家制度による信仰の固定化による信仰の自由の制限・・・。
明治新政府の神仏希釈政策によえう迫害とも言って良い仏教への制限、元来あった日本の神道とは違う国家神道の押し付け。
そうして戦後・・・教育界では宗教に関わる事をさも恐れるかのように、授業ではほとんど教えないに等しい。
この国の歴史、文化、の根幹に仏教が根ざしてきたにも関わらず・・・。

梅原氏のそうした現状への強い思いと憂いが本書を生み出したように思う。
これは仏教を賛美する書でもなく、仏教への帰依を勧める書でもない。
日本人として、知っておくべき歴史、文化、そして、日本人らしい道徳観、礼節についての書。
洛南高校付属の中学生が講義を受けるだけでは勿体無い内容だと断言できる。
中学生の授業の一環のテキストに大々的に採用してもらいたいし・・・なによりも、冒頭の数問の問いに戸惑ってしまうような大人に読んでもらいたいとまで思える書。

私個人は弘法大師空海が伝え広めた真言宗の教えにとても興味がある。
その深く広大な世界観・宇宙観に魅せられているが・・・現在の宗派から改宗しようとは思っていない。
お正月は相変わらず神社に参拝するし、あの地方の海の幸を楽しみに毎年1月中に伊勢神宮に行っている(笑)
もちろんベジタリアンでもないし、お酒は各種好き。女性との様々な交流も大好き。
どても信心深い仏教徒にはなれそうにはない。
たぶん一生・・・。

だが・・・仏教に興味を持ち、いろんな本を読んだりして、仏教や仏像について少しは知識を持つようになってから、京都、奈良とか各地の有名なお寺を訪れるにも、以前とはかなり違う参拝、拝観が出来るようになったことは確か。
まだ仏像とお会いして涙が溢れる・・・という域には達していないが・・・かつてのように“観に行く”のではなく“お会いしに行く”というくらいの心の在り方の変容はあった。

この梅原猛氏の書、特に『仏教』の方は、この一冊読むだけで、これまでとはお寺を拝観する気持ちを変えてしまうかもしれないほどの内容を有した本だと思う。

いけませんね。。。
私の文章では、とてもとても梅原先生のように簡潔に伝えられない・・・。
長々と書いた割には、実にまとまりのない記事となった・・・。
お詫びして・・・・合掌。。。
 



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コメント
- 夜更かしの仲間に・・・ -

これこれ・・・皆さん、夜更かしはいけませんよ(笑)

また・・・じっくり読ませていただきますね。

今朝は、団地の掃除をサボってお出かけです。
早く脱出しないと・・・。

行ってきま~す

2008/04/13 08:02  | URL | Lei Lei #-[ 編集] |  ▲ top

- -

だって~主人のいびきがうるさいんですもの~~
Haru.seionさんのように素敵な時を過ごしていたのではなく 苦しんでいました(><)
たどり着いたのが此処とというわけで つまりは「楽園」でしょうかね。
「楽園」の主不在中 勝手の会話失礼しました~

私も後ほどゆっくりと来ますね。
2008/04/13 13:32  | URL | モカ #-[ 編集] |  ▲ top

- 楽園のご主人様へ(笑) -

楽園のご主人のご不在中に・・・楽しんじゃいましょう♪

ふむふむ・・・なにやら難しい文だなぁ~(泣)

国家神道・・・繰り返してはならない事ですね。
宗教が政治に利用されてきた。
そして、現代にも「信教の自由」を履き違える政治家かもいる。
宗教は、人々を幸福にする哲学だと思う。(お・・・偉そうな事を)
幸せになるために利用したいです。利用なんて言い方は悪いけど・・・
大乗仏教は、小乗と違って多くの人々を幸せに導く法だと祖父から聞いたことがあります。
宗教について考えさせられたのが、以前お隣に住んでいたご主人が、胃がんで手術を拒否して亡くなられたとき。(熱心な宗教家でした)
人の命より尊いものがあるのかな?よくわからないけど。梅原先生は、この疑問に答えて下さるかな?

って・・・結構式は人前式。両家が揉めるから無難な道を選んできた私(汗)
私も信心深い人にはなれないです。

人々の生活に根ざした宗教ってないですか?


主人に居らぬ間に・・・お邪魔しました。

2008/04/13 20:44  | URL | Lei Lei #-[ 編集] |  ▲ top

- こんばんは☆ -

勇気出して来ちゃいました…けど。

他の皆さまのような知的なコメができませぬ。

ただ、「森羅万象、全てのものに神が宿っている」という考え方は、
現在のように殺伐とした世の中だからこそ、
大切にしないといけないのでは?
という部分には共感できます。

語彙の少なさが恥ずかしい…。

2008/04/13 22:13  | URL | 春雪うさぎ #-[ 編集] |  ▲ top

- -

そうですね♪ きっと今頃誰かと楽しい時間を過しているに違いない^^
我が家はもうとっくに主人と娘は夢の中へと入ってしまい(早過ぎ)ひとりPCに向かっている始末です。

私の頭ではついてけませんが・・・
通りすがりの人の優しい行動や頑張っている姿に出会ったときに心がほっこりします。
そんな時は「幸せに…」と願う私がいます。そう思えることが救われていることだと思っています。

お墓参りはちゃんとするけれど グレゴリオ聖歌で癒されたりするし 座禅体験なんかして清々しい気分になったりもする。
その時々の自分に合わせて宗教のいいとこ取りしているわけです。
とりあえず笑顔で過ごしていれば幸せになれると思う私です。

私は両家の宗教完全無視でバージンロードを歩きました。。。
2008/04/13 22:15  | URL | モカ #-[ 編集] |  ▲ top

- 団地のお掃除さぼりのLei Leiさんへ(笑) -

昨日はお掃除さっぼってどちらにお出掛けでしたかぁ~?(*^・^)

ありますよね。。。
治療や手術を拒む宗派って・・・。
              (げんせりやく)
宗教のことを考えるのに、現世利益と死後利益とどちらき重きを為すかということもありますよね。
どんな宗教でも神仏にすがるように祈る人にとっては、現世での状況の好転(たとえ精神的であっても)を望む場合も多々あると思う。
個人的には治療や手術を拒む教えには疑問を持たざるを得ない。

梅原先生も肯定はしないと思うけど・・・なんて仰るか聞いてみたいですね(笑)

人々の生活に根ざした宗教を求めるよりも・・・
どんな宗教、宗派であれ、人々が信じる教えを心に根ざすようにしていれば・・・生活にみ根ざすってことになるような気がします。
バリ島の人々の姿なんか見ていると・・・必ず毎朝、花とかをたむけて神に祈る姿にはそんな感じを受けましたね。
2008/04/14 13:09  | URL | Haru.Seion #-[ 編集] |  ▲ top

- いつか耳栓をプレゼントして差し上げたいモカさんへ -

「楽園」だなどと・・・恐れ入り奉ります(笑)
麗しき女性方がこうしてコメントをしてくださることが・・・私にとっては「楽園」です!(*^・^)

信仰の大切さは、いざと言うときの心の在り方だと思うのです。
戒律って、考えてみれば、人としてしてはしてはならない当たり前のことだと思うんです。
悪い心にとらわれそうになったとき、その教えによって自らの行動を律するようであれば良いのだとおもいます。

amazonの梅原さんの本の感想で“何故人を殺してはいけないかということについての説明がなかった”みたいに書いていた人がいましたが・・・。
信じられない一言に感じました。
人は人を殺してはならないことに説明が要るのでしょうか? 
説明など要しない、ある意味本能的な事なのではないでしょうか?

そういう教えを心に置いた人とそうでない人・・・
梅原さんは、今の日本、あまりに後者の人が多いことに大きな憂いを抱いている。

私も・・・神も仏もいっしょくた(笑)
要は生活様式やライフスタイルよりも・・・心に根ざしている“教え”なんでしょうね。
2008/04/14 13:27  | URL | Haru.Seion #-[ 編集] |  ▲ top

- 嬉しいです!春雪さん! -

お越しただけて、とっても嬉しいでス!
ヾ(^-^)ゞヾ(._.)〃ヾ(^o^)ゞヾ(._.)〃ダンスダンス♪

「森羅万象、全てのものに神が宿っている」っていう、日本の神道的、仏教的感覚はとても大切だし、貴重なj考え方だと私も思っています!(⌒_⌒)

ホントに気軽に遊びに来てくださいネ!
私など・・・“知的”なのではなく“痴的”な者ですので!
皆さんと楽しくお話ししていけたら幸いです♪
これからもヨロシクです (⌒_⌒)
2008/04/14 23:41  | URL | Haru.Seion #-[ 編集] |  ▲ top


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