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塩沼亮潤さんの話しを聴いた
- 2009/04/05(Sun) -
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                 福聚山慈眼寺住職・塩沼亮潤大阿闍梨
 友人の伝で塩沼亮潤さんの講演会に行く機会を得、直にお話しを聴くことが出来た。
 塩沼さんの著書 『人生生涯小僧のこころ』(2008/07/21の記事「1300年で2人目の苦行満行の軌跡」参照) を読んで、その友人にもその話しをしていたので・・・それを覚えていたその友人が私も誘ってくれるという “縁” で講演会に。

 会場は400人ほど収容のホールで南は山口県から北は川崎市からも塩沼さんの話しを聴きに。


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 会場内は撮影不可なので・・・せめて会場の看板(↑)を撮ってきた。。。

 講演のテーマは私も読んだ本にも詳しく記されている大峯千日回峰行など、塩沼さんが行じた行についての話しが中心の講演だ。
 その塩沼さん・・・とても数々の荒行を満行した方とは思われないような、話す声も表情も穏やかで、立振る舞いなどとても静かな方だ。

 が・・・話される行の内容は、本で読んである程度知っていたとはいえ、やはり実際に体現したご本人の口から聴くのは・・・やはり重みがあるし、その内容たるや・・・やはり壮絶だ。

 印象的なのは、9年かけての千日回峰行、毎年行の期間中は毎日48㌔歩き9年かけて4万8千㌔を歩く千日回峰行・・・その後半になると、毎日登る大峯山の自然に目を向け、その自然の大きさ、尊さに想いを巡らせるようになったという話し。。。

 塩沼さん曰く・・・

 早暁の山の行者道に野鳥の親子が身を寄せ合って寝ていた所に塩沼さんが差し掛かった・・・すると野鳥達は大慌てで飛んで逃げたり藪に逃げたりするのだが・・・母親だけは飛びもせず、塩沼さんの行く先を懸命に走って、時折立ち止まって振り返っては塩沼さんを見つめ、また走って逃げ、立ち止まって振り返る・・・ふと塩沼さんは気付いた。 “この母鳥は、自分をおとりにして 「掴まえるなら私を掴まえなさい」 と言っているんだな。。。。そうして時間を稼いで子供を助けようとしているんだ・・・” と。 そこから想いが及ぶのは、中学生の時から母子家庭となり自分を育ててくれた母親のこと・・・行の間は世間とは隔絶されるから家族と連絡などとらないから・・・体が強くない母のことも気になるし、自分の行が上手くいくようにお茶断ちしてくれているというおばあちゃんのことも気になる。。。 

 また、自然を意識するようになると・・・山道で干乾びそうになっているミミズも放置できなくなり、土に穴を掘って そっと そのミミズを埋めてやったり・・・。

 ある時、木の梢の野鳥の姿に心癒され・・・“また明日もそこにいてね” とその野鳥に語りかければ・・・ “また明日も今のような心持ちで山に来てね” と応えるかのようにその野鳥が囀ってくれたかのようにも感じられるようになった・・。


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 また、ある日・・・山の小さな菫の可愛さに心癒され・・・小さな菫でさえ人の目を楽しませ、癒すことで人の役にたっている。。。 果たして自分はどうか? どのように人の役に立てるようなことが出来得るのか? と小さな菫をきっかけに歩きながら深く自問していくようになった・・・とか。。。

 修験道も仏教も・・・古来日本では “山” は、修行においてもその行の果てにあるとおもわれている “悟り” も “山” とその自然がとても重要な場となってきた。

 
 大峯千日回峰行を1300年ぶりに満行した塩沼さんは、続いて千日回峰行を満行した者のみ許される四無行に入る。 9日日間、「断食・断水・不眠・不臥」を続ける荒行だ。
 千日回峰行は自らのための行、つまり 「自利」 の行であり、四無行は自分のためではなく人様のための「利他」に入っていく行。 もし神仏が “お前は利他の行などする必要は無い” と判じられれば生還できないかもしれない・・・。 行に入る前にお母さんや親族知人が吉野の金峯山寺に集まるのだが・・・なんと、生還できない可能性も考慮して、塩沼さんは白い死装束で、集まる人達は喪服で・・・それは生前葬の場でもあるという・・・。 

 とにかく壮絶だ。。。 が、塩沼さんの語り口は実に穏やかで、表情はとても温和で・・・。

 講演後の質疑応答では・・・

 一人の人が “仏道を一言で言い表すとしたら?” と塩沼さんに問うた。

 “思いやり・・・そう思います” と塩沼さんは明快に答えられた。

 また、まだ若い人が “私も中学時代から母子家庭で母に育てられました。すでに姉二人は嫁ぎ、兄も家を出て・・・私がこれから母の面倒もみていくわけですが。。。今、派遣切りにあい、どうしたらいいかわからなくて・・・” と、切実な問いかけを。

 塩沼さんは・・・演台の前まで歩を進め、その若い質問者に励ましながら語りかけるように・・・“諦めて立ち止まったら人生という行はおしまいなんです。 たった一歩でもいいから前に進んでください。 努力すれば必ずつかめるものがあります。 その小さな一つの成果が努力を続ければ必ず二にも四にもなっていきますから。 元気を出して!” と舞台から身を乗り出さんがばかりに応えられた。。。

 話し中の行の話しはとても厳しい内容ではあったが・・・塩沼さんの穏やかさと温和さに・・・なんだかとても心洗われる時を過ごしたような気持になれた講演会だった。
 
 俗物、煩悩が服を着て歩いているような私など・・・とても 「利他」 の心を解することなど出来ようも無いが・・・山や森ででも小さな野の花に心癒されたりした折に・・・“嗚呼。。。この小さき花もこうして私の心を和ませてくれている・・・ありがとね” と、せめてそういう感謝の気持ち感ぜられるようではありたいな・・・と、そう思った。。。

 そして・・・かつて、吉野と大峯山の麓の洞川温泉に行った折、宿泊した洞川温泉の旅館が修験者の人達の講の宿泊旅館でもあり、そこの大将に “男として生まれたからには一度は大峯山に登ってみるべき” と強く勧められて以来・・・登りたいとは思っているのだが・・・また一段と大峯山を歩いてみたい・・・登りたい・・・という思いを深めもした。


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コメント
- -

考えさせられますね。。
大切なもの・・思いやり
簡単に口から出てくるけど
もしも その思いやりと引き換えに 何かが失われるなら・・
わたしは偽善者でしかないように思います。。

野に咲く花のように
ただいるだけで
だれかが癒される
そんな人になりたいものです。。
2009/04/06 02:09  | URL | なっち♪ #-[ 編集] |  ▲ top

- なっち♪さんへ -

ホント、考えさせられますね。。。
あれだけの荒行を満行した塩沼さんが語る “思いやり” という言葉は、シンプルながらとても力があるけど・・・私など同じ言葉を発しても・・・そうはいかないですからね。。。
同感。。。利他の境地になんて至れない私も結局は偽善的行動をとるようね思う。。。

ただ・・・何も思わずそうするのと、“本当はこうできれば良いのだけど・・・”と、心に痛みを感じるのとは・・・やはり似て非なるものと思ったりはします。。。

なっち♪さんの感性の豊さかを感じさる言葉・・・癒す力あり!ですよッ♪
時として、発する言葉、向ける表情に 野に咲く花 のように心の和みを感じさせられる人って・・・素晴らしいよね。(⌒_⌒)
2009/04/06 11:55  | URL | Haru.Seion #-[ 編集] |  ▲ top


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