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歩きたくなる道
- 2009/02/16(Mon) -
                    337-1.jpg

                     咲いた梅の下から続く道

 車で走っていて・・・ふと目に入ってきた梅の花。。。
 梅の花に続いて・・・その梅の木の下を通り、やがて緩やかに登り坂となり・・・こんもりとした雑木林の中へと続く道に何故だか心惹かれた。

 きっと理由は二つ。
 咲いた梅に花を見上げながらのんびり歩きたいという衝動と雑木林の中へと吸い込まれていくような道を歩いて、その雑木林がどんなところなのかを見てみたいという好奇心。。。

 以前から山歩きなどしながら・・・無意識に考え事をしていることがあったりした。
 それは、その時々に抱えている問題や悩み、仕事のことだったり様々なのだが・・・そもそも考えことをしようと思って山に歩きに来たわけではないので、切羽詰って考えているわけでも “考えなきゃ” と思い込んでいるわけではないので、ある意味潜在化でごくごく自然に考え続けていることをふと認識したりするんだろうね。。。
 が、そんな “歩きながら考える” 状態で、案外それまで考えなかった発想やこんがらがった問題を解きほぐす糸口に気付いたりすることがあったりした。

 同じ歩いているといっても・・・例えば通勤するために乗る電車に間に合うように歩いているのと、どこで休憩しようが構わない山歩きや散歩とは明らかに意味の違った歩き・・・だよね。
 目的地に向かうために急いで歩いているときには、なかなか脳をリラックスさせて 柔らかく考える 状態には出来ないだろう。
 だが、山歩きや散策は・・・好きで歩いているのだし、目に入る景色も刻々と移り変わる。 それも車で走っているスピードで飛ぶように去っていく景色と違って歩行速度での景色の変化は、きっと人の脳が細かいところまで様々な情報をちゃんと認識できているのではないかと思えたりする。
 
 例えば・・・遠くに見えていた山と一本の梅の木・・・離れている時は山とその梅は一体の景観としてとらえていたのだが、30分も歩けば遠くに見えていた梅の木の下に佇んで咲いた花を見上げているかもしれない。 その時には、もうすでにいまだ遠い山と手を伸ばせば花にも触れられる梅とは30分前までの一体化した景観とは異なる見え方となっているはず。。。
 車で走ってしまえばそんなことも考えないのかもしれないが、足で歩くということは 歩いた時間に相応の疲労感 も体が実感しているわけで・・・
人が 距離と空間についての情報の認識 をするには、この 時間に相応した疲労感 という要素も実は必要なのではないか・・・と思ったりする。

 またそうやって実際に体を使って刻々と変化する景色などの情報を受け取って情報処理している状態の脳は・・・実は部屋にこもって机に座って時が経っても一向に変わらない部屋の壁を睨みつつ ウ~ン と唸りながら考えている状態よりずっと活発に様々な部位を使って動いている状態なのではないかと思う。
 もちろん ヒィヒィゼィゼィ と息が切れる状態では、ゆったりと考え事など出来るどころではないのだろうが・・・普通呼吸で歩くくらいなら脳にも十分酸素が供給されるしね。

 その昔・・・ソクラテスがアテナイの街を徘徊(彼は徘徊とは思っていなかっただろうが、傍目には徘徊しているように見えたんだろうね・・・笑)しながら考えていたというのは有名な話しだし、アリストテレスも弟子たちと散歩しながら議論し、考えをまとめていくことが常だったので、彼らの一派を “散歩する” “散策する” という意味の “逍遥” という意の “逍遥学派” と呼ぶようになったという。 (んッ?坪内逍遥って名前って・・・“坪の中の散歩” って意味??? まさかね・・・笑)

 どうやら・・・偉大な哲学者もSeionのような凡人も・・・人というのは部屋にこもって座して考えているより、屋外で四季折々の景色を眺めながら脳と共に体も動かしながら考えた方が斬新な発想が生まれたり良いアイディアを思いついたり出来るように作られているらしい。。。


 ふと見つけた “歩きたくなる道” ・・・ 今回は時間が無かったので車内からの 横着撮り のみに留めたが・・・梅の花が咲いている間にこの道を歩き、好奇心に歩みを任せて道が吸い込まれている雑木林の中に歩みこんでみたいな・・・と思っている。
 その雑木林での中で・・・どんな光景に出会えるか? あるいは、どんなことを思いつくか? 歩く煩悩の塊のようなSeionの考えつくことはろくなことではないにせよ・・・ではあるが、隠密に現代の “逍遥学派” を気取りつつ、それはそれで楽しみだったりする・・・かな?

 “隠密・逍遥学派”なSeion・・・雑木林へと続く道を歩きて不埒な思惑に致る。。。そして、死して屍拾う者無し・・・といったところか・・・?(笑)
 

                
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コメント
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で このときは 一人だったのでしょうかv-361

普段 歩かない とんこつ君ですv-410
こんばんはv-411

僕は 一番集中して 考え事をするのは
仕事場の自分の部屋です。
大きな仕事の前には 鍵を掛け 30分は
頭の中で 色んなことを想定したシュミレーション
をやります。 実は この場所以外
僕が ほんとに集中できるとこはないんですよ。

こういう 自然の中での いわゆる「逍遥」は
リタイアしたときの 余暇にとっておきますv-411 悠々自適な老後を迎えたいものですね。

でも 僕に急務なのは なんも考えずに
運動として 歩くことかなv-388
どうせ歩くなら こういう場所を 僕も探したいものですね。

しかし ソクラテスは 逍遥して考えたはいいが
どうして その考えた自説を著書として残さなかったのかなあ。 ソクラテスさん 弁明して~v-410
って 問答法で こてんぱんに やられそうだから
このへんでv-222



2009/02/16 04:08  | URL | とんこつ君 #-[ 編集] |  ▲ top

- 管理人のみ閲覧できます -

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2009/02/17 17:28  | | #[ 編集] |  ▲ top

- とんこつ君へ -

あはは~(●^o^●)
リタイアしてからの余暇ですか~
その年代に足腰が弱っていないことをお祈りしますよ~(●^o^●)

私はこれからも季節感を目で、肌で感じながら歩くのを楽しもうと思っております(⌒_⌒)
2009/02/17 23:22  | URL | Haru.Seion #-[ 編集] |  ▲ top

- 実をいうと -

Haru.Seionさんみたいに 心の余裕が僕も
欲しいんですよ(^^ヾ
なかなか 日々の仕事や生活に追われて・・・・

ちょっと Haru.Seionさんが 羨ましかったりしてます
2009/02/17 23:50  | URL | とんこつ君 #-[ 編集] |  ▲ top

- とんこつ君へ -

お忙しい日々の中で1時間、たとえ30分でも身近な場所でも歩かれたら・・・思いがけない発見や小さな季節の移ろいに出会えると思いますよ~(⌒_⌒)
2009/02/18 01:43  | URL | Haru.Seion #-[ 編集] |  ▲ top


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