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梅原流、光源氏と在原業平の恋の比較
- 2009/02/12(Thu) -
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               平安の世を代表する二人の恋の違いは・・・
 次々に梅が咲いてきている。。。
 今の世は花見といえば桜だが・・・昔は梅の花を愛でることを花見と称していた。
 花見の主役が梅から桜に移行していったのは平安期だ。。。

 と・・・言うわけではないのだが、今回の記事では平安期を代表する恋物語である 『源氏物語』 の主役の光源氏と 『伊勢物語』 の主役の昔男のモデルであると言われる在原業平の恋について記してみようかと・・・。

 というのも、私が読んでいる夕刊に梅原猛さんの随筆 『思うままに』 が週一回で連載されており、梅原さんの明快で平易な語り口の文章を読むのを楽しみにして・・・現在は『伊勢物語』のことを書かれており・・・今週、光源氏と在原業平の恋についての比較した文章が載り、とても興味深く読んだからだ。

 ただし・・・私は『源氏物語』も『伊勢物語』もしっかり読んだ事は無く、双方ともストーリーのアウトラインしか知らないということを最初にお断りしておく。
 読んだ事はないが・・・紫式部がが創作した(左大臣の源融がモデルであるとする等、実在の人物のモデル説については諸説ある)平安期を代表する恋多き男性、また『伊勢物語』の主役である昔男のモデルであるという説が有力な在原業平は実際に数々の恋に生きた男性であることが有名な人物だ。

 まず、梅原さんは前提と結論を文頭で述べている。。。


 “『源氏物語』は『伊勢物語』と同じく優美な恋の歌物語といってもよかろうが、光源氏と恋と昔男、在原業平の恋は甚だ違う。”
                                    (梅原猛 「思うままに」 より抜粋)

 
 と。
 光源氏は “光り輝くように美しい源氏” という形容が名となって呼ばれるほどの美しい男性、一方、業平も “体貌閑麗、放縦不拘” と記されるほどの美男。。。
 その美男の誉れ高い二人の恋にどんな違いがあるのか・・・冒頭のこの一文ですでにこの随筆に引きずり込まれたSeion。。。


                 333-2.jpg


 そして・・・まずは源氏の恋について梅原さんは語る。。。


 “源氏にも藤壺との間の恋のように危険な恋があったが、処世の知恵をもっていた源氏はその関係を用心深く秘した。藤壺の場合を除けば源氏と女性たちとの関係は、葵の上との場合のように政略結婚によるものか、権力も財力もある源氏との庇護・被庇護を前提とするものであろう。行きずりの恋之相手の夕顔とはもちろん、源氏が自ら育てた紫の上とも後者の関係であろう。 ・・・ (中略)・・・ 一夫多妻を原則とする貴族社会において光源氏が理想の男性として称えられたには、彼が一度関係をもった女性は全て一生庇護したからであろう。未摘花は世にも醜い女性であったが、源氏は暗闇の中でそうと分からずに関係を持った。にもかかわらず源氏は彼女を一生庇護した。”
                                    (梅原猛 「思うままに」 より抜粋)


 なるほど。。。
 光源氏を取り巻く女性たちとの恋の底流に庇護・被庇護の関係があるという考え方もあるのか・・・と、とにかくとても素直な感覚として頷いてしまった。。。
 そうした権力と財力を持った源氏の立場を “甲斐性が有る” という観点で考えれば、一度関係を持った女性の面倒を一生みる。 というスタンスは、男としてとても潔いと思えるし、格好良くも思われる。。。
 いかにも美しきエリート貴族のスマートさを感じざるを得ない。。。

 が・・・梅原さんが続けて業平の恋を語るのを読み進むうちに・・・ んッ。。。んッ・・・? といった感じで・・・その文章の論調に・・・また違った考え方が浮かんでくることになる。。。


 “昔男、在原業平の恋の場合は全く違う。やがて清和天皇の皇后になった二条后や文徳天皇の皇女の伊勢斎宮との間の世間をもっとも騒がせた業平の恋は、まったく身分や境遇を越えた恋であった。 ・・・(中略)・・・ それは裸の男と女の間に燃えた恋であり、世間的な利害打算も庇護・被庇護の観念もまったくなかったといってよい。奔放な恋愛遍歴によって東国へ追放になった業平は、東国でもさまざまな女性と関係を持った。それらの女性の中には多少身分の高い女性もいれば、まったくしがない女性もいたが、どの場合もまったく利害打算、庇護・被庇護の関係を離れた裸の男と女の関係、しかも優美な恋の関係であった。” 
                                    (梅原猛 「思うままに」 より抜粋)


 業平は・・・父が平城天皇第一皇子の阿保親王、母伊都内親王は桓武天皇の皇女だという高貴な血筋であるが故に、かえってどんな身分の女性に対しても気後れする事はなかった・・・という見方は出来るにせよ・・・確かに、女性関係によって東国に流されても尚、恋に生きる人であったといえる。
 それを単なる “女好き” と片付けてしまうのは容易だが・・・そうであるなら、追放になった先々で “恋の伝説” とも呼べるような美しい物語が語り継がれることはなかったであろう。。。
 現実、私の住まう地域の近辺でも美しくも儚い、業平の恋の伝説が存在している。
 それにしても・・・ “裸の男と女” という表現を二度までも使う梅原さんの文章は印象的でもあり、恋というものの本質に対する梅原さんの想いとか熱が伝わってくるような気がして・・・前段で語られた光源氏の恋についての話しが霞むかと思われるほどに深く頷いてしまった。。。

 そんな梅原さんの論点を如実に示す一文は・・・これだぁ。。。1 2 3


 “瀬戸内寂聴氏は、源氏をめぐる女性たちは出家することによって初めて源氏と対等な立場に立つことができたと論じるが、それは逆にいえば、源氏の恋は男と女が対等でなかったことを示している”
                                    (梅原猛 「思うままに」 より抜粋)


 どうだろう。
 “裸の男と女”と熱い表現で論じた業平の恋との違い・・・梅原さんの思いが伝わってくるようだ。
 出家しなければ源氏と対等にはなれなかったという寂聴さんの意見にも同意であればこそ、こうして文中で語っているわけだ。。。
 そして、源氏の恋とは対照的に・・・業平の恋は、常に裸の男と女が対等であったと言外に述べいるのは自明の理・・・だ。
 しかし・・・寂聴さんのこの考え方・・・自身、恋多き女であった寂聴さんが出家したという実体験があるだけに・・・深いというか・・・寂聴さんにそう語らせる体験的実感にも大いに興味をそそられるところではあるが・・・それはまた別のお話し・・・だ。

 光源氏と在原業平の恋の比較・・・論点が明快で、しかも梅原さんの思いがとてもストレートに伝わってくる文章で・・・しばし読み入ってしまった。。。 というか、文章に魅了されたというか。。。 とても素敵な随筆だと思った。。。

 そして・・・三度目の“裸の男と女”というフレーズを使った結びの一文に、梅原さんの未だ衰えることを知らぬ “熱情” を感じるような気がし・・・人として、一個の男として・・・私も常にそんな気持ちを心の根底に持ち続けていたいものだと・・・激しく賛意を感じつつそう思った。


 “私も、世間的な配慮を十分伴った源氏の恋より、業平の裸の男と女の身を滅ぼすような熱い恋に心ひかれるのである”
                                    (梅原猛 「思うままに」 より抜粋)



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