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現代の隠れキリシタン
- 2008/12/20(Sat) -
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              わざわざ隠すように置いてあるキリシタン灯篭
 このキリシタン灯篭は南知多町にある尾州廻船海船船主であった内田佐七家の座敷上の間の障子を開くと見えるように置いてある。
 わざわざ裏庭に置き、それも木の陰に隠すように置いてある。 実際、かつてキリスト教がご禁制だった頃の隠れキリシタンの人々は、こうしてひっそりとキリシタン灯篭を置き、灯篭の火を灯すと浮かび上がる十字架に祈った。

 海運業で財を成した内田家、今は南知多町が管理しており、毎月決められた日だけに一般公開されており、先月の公開日に行って来た。
 ボランティアの案内の人達がとても丁寧に案内してくれて、いい感じだった。。。 なによりもボランティアの人達に笑顔が多く見られ、ボランティアをしていること自体が楽しそうなのが伝わってくるような雰囲気が好感度大だった。
 やっぱりボランティアは、どこかに楽しさを持ってしていないと長続きしないから・・・。

 当時の回船業は儲かったらしく、決して派手ではないが・・・使うところには贅を尽くした屋敷で、様々な嗜好を取り入れた家の造りに説明を聞きながら何度も唸った。

 例えば・・・この手水・・・


                    284-2.jpg


 四面に松や梅の模様が彫られているのだが・・・実は回転するようにしれあって、季節などによって手を洗いながら目にする彫模様が変えられるようになっている。

 扉の写真のキリシタン灯篭もわざわざ見難いように置くその置き方をある意味の風流だと思って置かれたようで、この家がキリシタンだったわけではないようだ。
 当時、命を賭して信仰心を貫いた人達の止むに止まれぬ信仰心から派生したキリシタン灯篭の置き方を風流だとしてしまうのは “いかがなものか?”(って、麻生総理みたいな言い方だ・・・笑) と若干感じないではないが、わざわざ隠すように置くその置き方に興味を持つ気持ちはわからないでもない。

 で、何故このキリシタン灯篭のことを持ち出したかと言えば・・・一昨日の新聞の記事に触発されたからだ。
 その記事には、現在の中国のキリスト教の信者についての現状を伝えていた。。。

 中国のキリスト教徒は、国の管轄下のプロテスタント系か、カトリック系団体に所属することが義務づけられていて信者は計約2000万人だと言われている。
 信仰するにも国の管轄下にある教会団体でなければならないとは・・・曲がりなりにも信仰の自由が認められている国に住まうものとしては、およそ信仰に自由があるとは思えないよね。。。
 中国でも同じで・・・国、すなわち共産党に管理された教会に本来の教えはないとする人々は多く、そういう人達は個々の信者やリーダーとなる人達の家などで聖書を読み、祈りを捧げる。。。
 そういう信仰を仕方をする人達の集まりを 「地下教会」 と呼び、静かに静かに広まりつつあり・・・なんと地下教会の信者は7000千万人越(一説には、すでに1億人とも言われる)とも言われている。。。
 驚くべき事は、この7000千万人という数字は、中国共産党員の数と同等だという。 

 こりゃ・・・中国共産党もダライラマをリーダーとするチベット仏教との闘争だけではなく、これからは内からジワジワと広がる地下教会信者にも目を光らせないといけないな。。。
 事実、アメリカの教会団体の大会に出席していて17日に中国に帰国した、中国共産党の一党独裁体制の廃止を求めた「08憲章」の主要発表者の反体制作家である余傑氏も地下教会の活動を行っている。。。
 アメリカの教会関係者と繋がっているってのは・・・どうも宗教的な繋がりだけだとは考えにくく。。。 なんせ、アメリカだから・・・ねぇ。。。(苦笑)

 この先、地下教会の信仰を信ずる人々のネットワークが強まっていき、やがて活動が政治的な色彩を強めていけば・・・中国当局が黙って見ているだけで済むとも思われない。。。
 この地下教会、改革開放、そして経済の急発展の影で広がる中国の格差などの諸問題の不満の受け皿となっているという側面もあり、中国の現体制を脅かすのはこういう信仰心によって結びついた動きがベースになるような気もする。
 そうなると・・・当局には厄介なことになる。 信仰心による結びつき、それを基にした活動の根強さは、イデオロギーによる締め付けなど到底及ぶものでは無い事は数多の歴史的事実が実証済みだからだ。。。 イデオロギーに比べ、信仰のために命を賭すことを厭わない人達のいかに多いことか。。。
 
 現代の世界でも・・・かつての日本がそうだったように “隠れキリシタン” のような形でなければ自らの信仰を貫けない、心からの祈りを捧げることの出来ない人達のなんと多いことか・・・。


 キリスト教やイスラム教のような一神教の信者や国から見れば・・・一見、確固たる信仰心を持たないようにも見えるかもしれないが・・・それでも古代神道から外来仏教、その後入ってきたキリスト教等、神仏を受け入れ崇めてきたゆるやかながら幅広い信仰心を持った日本が・・・やっぱり私には好ましい。。。
 草木はじめ万物に命が宿り、八百万の神がおわすというアジアや日本古来の考え方が・・・これからの地球環境・エコを考える時代には実はとても相応しいと・・・近年そう思えてならない。。。

 それにしても、裏庭にキリシタン灯篭をひっそりと置いて人目を憚って祈らなければならないような、「地下」などと呼ばれなければならないような祈り方をせざるを得ない・・・この国にそんな時代が二度と来ないことを強く願う。。。


                    284-3.jpg



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