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秋の山里・古寺を歩く - 山里の禅寺にて
- 2008/10/20(Mon) -

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                 石像のお顔にも様々な表情が・・・


 今日はお寺に行こうと・・・昨日、日没の残照も消えて暗くなった公園のベンチに座っている時に決めた。。。
 それも今までに行った事のないお寺で・・・しかも、静かなら静かなほど良い・・・と。

 で・・・前から一度行きたいと思っていた岡崎市の豊田市境にある大澤山龍渓院に、近くの山歩きも兼ねて行ってみることにした。
 このお寺が気になっていたのは、門前の羅漢像と“岡崎の苔寺”と呼ばれる苔のある風景だ。

 まず、様々な表情の羅漢像が出迎えてくれた。
 羅漢・・・正式には阿羅漢・・・もともとは尊敬されるべき修行者のことで、これ以上学ぶ事のない域にまで達した人達であるとされる。 
 ここの羅漢像は、赤い涎掛けを付けてもらっていて・・・一見するとお地蔵さんのようにも見えてしまう。


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 何故、お地蔵さんが赤い涎掛けをしているかって・・・知ってる?
 そもそも地蔵菩薩は、釈迦如来がこの世を去ってから57億7千万年後に弥勒菩薩が如来となってこの世に姿を現すまでの無仏の世を釈迦如来に託されたという頼もしい菩薩だ。 その活躍は、この世だけに留まらず、地獄から冥界と・・・広範に渡って人々を救ってくれているお忙しくもありがたい菩薩だ。 そのお忙しさに感謝し、少しでもお力添えしたいと・・・六地蔵などが作られたりしている。 まさに六道を駆け巡って私達を救おうと飛び回っていてくださることの象徴なんだね。。。
 その地蔵菩薩・・・親より先に死んでしまった子供が賽の河原で責め苦に遭っているのも救ってくださるとされ・・・子を亡くした親が、我が子の匂いが付いた涎掛けをお地蔵さんに掛けて “この匂いのする子を救ってください・・・我が子を救ってやってください・・・” との切なる思いからはじまったといわれる。。。

と、いう意味では、羅漢像に涎掛けはちょっと違うと思うが・・・昔から続く地元の人達の信仰が感じられて・・・なんだかちょっと温かい気持になる。。。


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 羅漢像は概して表情が豊かで・・・お気に入りのお顔を探しながらじっくり拝見するのも楽しかったりする。。。
 そうして見ていると・・・蓮台に座った釈迦如来と思われる像も見つけたし、どうやら阿羅漢だけではなく、様々な像が混じっているように思われた。。。
 例えば・・・上写真の石像は、五鈷杵と金剛鈴を持っているように見え、菩薩形ではなく、僧形をしていて・・・どことなく弘法大師空海のように見えなくもない。。。


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 上の写真は・・・お顔が風化してしまっているが、髪型や服装や手の位置から吉祥天ではないかと思われる。。。 吉祥天がおられるということは・・・よく探せば夫である毘沙門天もこの中におられるかも??? などと想像しながら眺めたりするのも楽しかったりする。。。

 で・・・ここの羅漢像の中で・・・私が最も癒されてしまったお顔は・・・


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 どう?このにこやかなお顔! 心が疲れていたり、ささくれているときなどに、このお顔をじっと眺めていたら・・・いかにも癒されそうな、包んでくださるような満面の笑み。。。
 このような素敵な笑顔で人に接するようにしたいもんだ・・・と思ったりもする。


 おっと・・・お寺に詣でる前に、この石像のお顔を拝ませていただくのに随分と時間を要した・・・(笑)


 山門への参道の脇の杉(だと思う)がとても立派で・・・雰囲気のある参道だ。


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 とても静かな雰囲気の参道の石段をゆっくろりと登る。。。
 登りつめると・・・左手に「大澤山」と毫された山門が目に入る。


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 決して大きくはないが、歴史を感じさせる山門だ。
 その山門の屋根に徳川家の三つ葉葵の紋が・・・。
 この寺は曹洞宗の禅寺で・・・天文年間に火災に遭った際、当時の三河国額田郡岡崎城主であり松平宗家八代当主の松平広忠が再興した。

 なんでも・・・この寺が火災に遭ってすぐ、広忠の夢枕に宝冠した釈迦如来がお立ちになり、 “龍渓院を再興せよ!さすればお主の子孫の代に大いなる家の繁栄がもたらされ、三百年に渡ってその繁栄は続くであろう。。。” とのお告げががあったそうだ。。。

 この寺のご本尊は、宝冠釈迦如来像。。。 松平広忠の子こそ、後の徳川家康。。。
 この寺は、徳川時代を通じて徳川家との関係が深かった。


 それはさておき・・・山門から境内に入ると、 地面が苔に覆われて、確かに“岡崎の苔寺”と呼ばれるのも頷ける風情だ。。。


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 地面を覆う苔の多くは杉苔で、緑のふんわりとした風合いがとても心を落ち着かせてくれるよう。。。


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 本堂にお参りさせていただいた後も・・・どこからともなく香の香りが漂う中、苔の風景を眺めさせてもらった。
 ふと・・・本堂の石段にこんな可愛い花を見つけた。


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 石の継ぎ目から顔を出し、花を咲かせる黄色い花。。。 その健気さに “頑張れ!” と声を掛けたくなると共に、雑草として引っこ抜いてしまわない心優しい気遣いを感じたりもした。。。


  秋の気配漂う静かなお寺で・・・心和むような一時を過ごさせてもらった。。。
 と、いうか・・・思ったより長い時間を過ごしすぎて、今から近くの里山に登ろうとするのに・・・やや日が西に傾いてきていた。。。 そのことに気付いて、ようやく足を車に向けた。。。


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 (注)本記事の文中のグレーの文字部のお告げの話は、Seoin作の創作ですので信じないで~!
    もし、信じてしまった方がおられましたら・・・
    そんな心の純真な方には、きっと宝冠釈迦如来の良いお告げがあることでしょう!!!
    って、それもSeionの言うことだから・・・信じないで~!(笑)



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