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骨になっても手を取り合う母子の遺骨出土
- 2008/08/24(Sun) -

                    169-1.jpg

             サハラ砂漠から出土した母子の遺骨

 8月14日付のナショナル ジオグラフィックから配信されたニュースだ。

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 サハラ砂漠で石器時代の最大最古の墓地を発見したのは現代の恐竜探検家だった。
 ナショナル ジオグラフィック協会付き探検家であるシカゴ大学の古生物学者、ポール・セレノ氏の調査チームは、2000年にニジェール北部の荒々しい砂丘で恐竜の骨を探していた。かつては湖の岸辺だったその場所で岩を調べていたところ、思いがけず墓地に遭遇したのだった。最終的に調査チームは、5000年の期間にまたがり大きく異なる2つの文明に属する200個の墓を発掘した。このような墓地が発見されるのは初めてのことだ。

 セレノ氏が最近発表した研究結果によると、ゴベロと呼ばれるこの地域は、キフィアン文明(紀元前7700~6200年)とテネリアン文明(紀元前5200~2500年)の居住地と墓が保存された貴重な場所だという。

 緑豊かなサハラが乾燥して世界最大の砂漠となった完新世時代に、人々がどのように生活し、死者をどのように埋葬していたのかを解明する上で新たな扉が開かれた。

 セレノ氏のチームによると、約1万2000年前に地球の軌道の傾きやそのほかの環境的要因が重なって、サハラに強烈なモンスーンが吹き荒れた。その結果、砂漠が緑化し、居住地を求めて人間が移動してきたという。

 湿潤な時期に狩猟採集民のキフィアン人がこの地域を占有していたことは既に分かっていた。紀元前6200~5200年頃には、その時代で最も激しい気候変動が起きて土地が乾燥し、居住民は移動を余儀なくされた。間もなくして2番目のグループのテネリアン人がこの地に到着した。

 以前はこうした人口移動の証拠としては道具などの人工物しか存在せず、分析の対象となる人骨が見つかっていなかった。しかし、その状況を今回の発見が変えてくれた。出土した骨を放射性炭素年代測定で調べた結果、古代サハラの「顕著な記録」がもたらされたとセレノ氏は話す。「人々がかつて暮らしていた緑豊かなサハラの記録が砂丘に刻まれていたのだ」。

 出土品の中には、現在もアフリカ南部に生息するイボイノシシやクロコダイル、カバなどの野生動物の骨や牙、陶器、象牙や貝殻の装飾品といった副葬品もあり、葬儀の様子を解明する手掛かりとなっている。

 おそらく最も印象的なのは、2006年に発見された「石器時代の抱擁」と呼ばれる遺骨だろう。テネリアン人の女性と2人の子どもが向き合って腕でポーズを取り、手を握り合っている。骨格の下にある花粉の残留物は、死者が花のベッドの上に横たわっていたことを示している。セレノ氏は「ここは画期的な墓地だ。先史時代のこのような場所はほかには見つかっていない」と話している。

 この遺跡から、ほとんど研究が進んでいない文明についてさまざまな洞察を進めることができるが、それでも残る謎があるとセレノ氏は言う。最大の謎は、テネリアン人はどうやってキフィアン人の遺体を傷つけずに隣りに新しい墓を掘ることができたのかということだ。これは「驚くべき離れ技」だという。

 しかし、なぜこの2つの文明がガベロで死者の埋葬をしたのかは明らかである。それは、現代で言えばデイトナビーチのように、完新世には魚と動物が集まる理想的な場所である湖畔に位置した最も望ましい土地だったと、セレノ氏は語っている。

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 この母と子、紀元前5200~2500年前の時代の人ということは・・・今から7200年前~4500年前の間に生き、そして、親子水入らずで埋葬され、今回発見されるまで仲良く地中で眠っていたことになる。
 まさか、こうして手を取り合ったまま亡くなったわけではないだろうから・・・この母子を埋葬した親しい人々が、ずっと手を取り合っていられるようにして埋葬してあげたんだろう。。。

 この写真の3体の遺骨・・・見れば見るほど ジ~ンワリ と、親子の愛情が伝わってくるようで、なにか不思議な温かさを感じさせてくれるような気がする。。。
 実は、戦の悲惨な犠牲になって亡くなったのかもしれないし、疫病の被害で亡くなったのかもしれないし・・・まだ小さな子供と一緒に亡くなっているのだから、きっと悲しい出来事に遭遇して命を落としたのだと想像される。。。
 そうした不幸な形で落命し、その亡くなり方を悼んだ人達がいたわけで・・・そうした人々の優しい心遣いがあったからこそ、母子が永遠に手を取り合って一緒に眠ることが出来たんだ・・・だから、寂しくはなかっただろうな・・・なんて様々な想像が広がる。。。
 そんな想像をしながらこの写真を見ていると・・・なにやら二人の子供の手を握りお母さんは笑っているようにも見えるし、子供達も、さもお母さんと遊んでいることを楽しんでいるようにも見えてくる。。。

 数日前のネットで見かけて、とても心に残った写真だったので記事にしてみた。

 ちなみに、この写真の遺骨は、発見された状態をレプリカとして再現したものであって、本物ではないそうだ。。。

 しかし・・・広大なサハラ砂漠がかつては緑豊かな地だったとは・・・時の流れの果てしなさと、自然のダイナミズムさを感じずにはいられない。





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コメント
- -

まぁ~~・・
そうですね、永い永い時が過ぎて、今ではしあわせな
感じすら与える子供と母親の遺骨!
そんな弔い方をしてあげた大昔の人々の優しさに
胸打たれました。優しい。
今ではなんとしても、お棺に一緒は無理ですからね。

さすがに秋めいてきましたよ、こちらも!
秋刀魚の新物食べました(笑
2008/08/25 12:21  | URL | はな #-[ 編集] |  ▲ top

- はなさんへ -

遥か石器時代の人々も 優しさ や 思い遣る心 は同じなんですね!
親子の遺骨は、今を生きる我々にも大切なことを忘れないように・・・と、語りかけてくれているような気がします。

ここんとこ秋らしくなってきましたね~
でも・・・また夏のぶり返しはあるだろうから気は抜けませんね~(⌒▽⌒;
2008/08/25 23:17  | URL | Haru.Seion #-[ 編集] |  ▲ top


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