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今こそ求められる “武士道精神”
- 2008/07/30(Wed) -
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                 『武士道―サムライたちへ 』
        新渡戸稲造が残した日本の精神を知る書を現代に活かす
 海外でも有名な新渡戸稲造の『武士道』をベースに、今を生きる日本人から失われつつある、武士道から生まれた良き “日本の心” について語っている書。


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(本文より)

神道の畑に仏教の嵐が吹き、儒教の水が撒かれて、武士道は、世界に誇る大樹へと育った。

われら日本人のDNAに刻み込まれ、心の丘の真ん中に毅然と立つ武士道という大樹は、永い間、生い茂る緑葉でわれら日本人を暑い日差しから守り、大きき広げた枝でわれら日本人を風雨から守った。

いま、その大樹から葉は落ち、枝は枯れたかに見えるが、深く張った根は決して枯れてはいない。
ニッポン千年魂、武士道は死んではいない。

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 一般的には武士道は儒教色が濃いように思われるが・・・確かに神道や仏教ともその精神の根っこの部分で深く関わっている。
 例えば、上杉謙信が強く毘沙門天信仰したことにに代表されるように、様々な武将が個々それぞれの信仰心を持っていた。
 だからこそ、武士道精神は、武士階級にとどまらず、信仰心や道徳観とも相俟って、民衆にも浸透していったのだろうと思う。
 しかし・・・日本人の道徳観、人生観を根底で支えていた、その武士道精神が、今や日本人の心の中でも消えようとしている・・・と、著者は危惧する。

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(本文より)

「徳は本なり、財は末なり。」 日本は徳を捨て、財に走って高度成長を成し遂げた。 だが、財は永遠に続くものではなく、いまや日本は徳も財も失い、精神的にも経済的にも時代の荒波にさらされている。

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 高度成長は、世界に誇る日本の成し遂げた奇跡であると言っても過言ではないと思う。
 ただ、今になってとても残念に思うのは、高度成長を遂げ、国も国民も世界に比しても豊かになった時点で・・・金銭やモノによる豊かさの追求から、心の豊かさへの追求へと方向展開を図らなければならなかったのに、その後のバブル時代に金とモノへの欲求に一層拍車をかけてしまったということだ。。。
 経済的に言えば、バブル崩壊から “失われた10年” とよく言われるが・・・日本人の日本人的精神の再構築という観点から言えば “失われた20年” だと言えるのかもしれない。

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(本文より)

武士は「名」に恥じない生き方をした。

「名誉」と「恥」は、表裏の関係にある。 「名誉」の意識が薄れれば「恥」の意識も薄れるのは当然のことだ。 名誉を失えば恥を恥とは思わない。 破廉恥は社会にはびこることになる。

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 まったくもって・・・
 国民の意識とは乖離した政治ごっこと自らの権力欲を満たすがために金を漁り、建前論の美辞麗句を吐くのみの政治家たち・・・。
 公僕という立場を忘れ、いつのまにか市井の人々の上に立ったかのような振る舞い、保身根性丸出しの対応、それにとどまらず、税金、公金まで自らの懐に入れる輩続出の腐りきった役人ども・・・。
 金を稼ぐためなら、産地偽装も有り、賞味期限の改ざんなど日常茶飯・・・などなど、少しつつけば、どこからも綻びが続出の企業・・・老舗と呼ばれる店までもが・・・。

 四方八方・・・「恥を知れ!」と叫びたくなるような事のなんと多いことか・・・。

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(本文より)

武士道精神が精神性を重んじる哲学的要素をもつなら、人の心がそれを守ろうとしない限り、生き残ることは難しい。
羅針盤を持たない船のように、日本は大海を漂い続けるのか。

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 新渡戸稲造の『武士道』は英語で書かれ、海外に向けて日本の精神を紹介するために著された。
 そういう精神を心の芯に有していたその頃の日本人には、言わずもがななことだった。
 が・・・今はそうではない。
 今を生きる我々日本人は、意識してそうした精神と接する機会を持たないと・・・と強く感じる。
 だから・・・辞め方は良くなかったからなんなんだが、安部晋三前首相の言っていたことに賛同出来る部分は多々あった。
 環境問題ではないのだけど・・・まだ、間に合う。。。かな。。。ってところだと思う。
 このままだと、環境破壊で地球がいよいよおかしくなってしまうはるか前に、日本って国がちゃんと世界の中で「国家」として存在しているかどうか・・・甚だ心許ない・・・と思う。

 国が周辺の国などの反応にビビって、武士道精神から派生した日本的な道徳感とかを教えるような教育体系をとれないのなら・・・個人が、各家庭が、道徳心や武士道のような日本の心に触れるような機会を作っていくというくらいの気持ちを持たないと・・・とも思う。
 どうやらこの国の政治家も官僚も・・・国家百年の計どころか、国民が感じる “今、そこにある不安” にさえも目が向かないようだから・・・。

 ちなみに、本書には 藤森武さん による日本らしい素晴らしい写真が多数収められている。
 その写真を眺めていくだけでも・・・日本っていいな~と思える。
 この藤森さん、土門拳さんに師事したとのこと。。。
 道理で写真に “力” というか、日本的な美しさの深みが感じられるな~ と、巻末の藤森さんの経歴で土門さんの名を見つけて思わず頷いた。

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