もしあなた(の家)が仏教徒なら・・・
*あなたの宗派の本山はどこなのか知っていますか?
*その宗派の(日本における)開祖が誰か知っていますか?
*その本山を訪れたことがありますか?
(日本人の中には自らの家の宗派の本山と知らずに有名寺院を訪れる人もいる)
これらの問いかけに即答できない人は案外多い。
驚くべきことではない。
家でもそういう話しをしない家庭は多いし、学校でも、ましてやあなたの家の旦那寺が特に教えてくれるような機会も無い。
私もそうだった。
父が亡くなって、本山に納骨行ったりすることがあって、ようやく家の宗派について少しわかってきた程度だった。
日本人の多くは仏教の宗派の信徒が多い。
(ことになっている・・・)
しかし、仏前結婚する人は多くなく、新年の参拝に自分の宗派のお寺に行く人も少ない。
ふと考えてみれば不思議なことのようにも思える。
敬虔なキリスト教徒やイスラム教徒から見れば、日本人のほとんどは無神論者、無信仰者に思われるかもしれない。
そのように思われて良いのだろうか???
良いのである!
と、私は思う。
キリスト教も、イスラム教も一神教。
一方、そもそも仏教は多仏、多神の教え。
正確に言えば、日本に伝来した大乗仏教はそういう教え。
ましてや、仏教の伝来以前から、日本人は山にも海にも地にも草木の一本ずつに至るまで神が宿ると考えた八百万の神々の国。
日本人は、困った時には・・・・“Oh!神よ!”ではなく“神様、仏様”で良いと思う。
環境破壊による地球温暖化や動植物の絶滅種の増大の危機が叫ばれる現代・・・。
一神教信仰国同士や原理主義的考え方の集団による戦闘、テロ、憎悪の連鎖が起こっている現代・・・。
そういう時代だからこそ、仏教や八百万の神々の考え方(日本の神道やヒンズー教など)がもっと見直される必要があるのではないかと思う。
だが・・・そんな日本の仏教について学ぶ機会は仏教系の学校にでも行かないとなかなかない。
梅原猛氏・・・現代日本を代表する哲学者。その活動は多岐に渡り学術的な研究にとどまらず、先進的な歌舞伎の脚本の出筆なども手掛ける。
その梅原氏は・・・日本の歴史、文化、道徳はすべからず仏教に根ざしており、その日本人としての根幹を学ぶ場が無いことを憂い、自ら志願して真言宗の京都、洛南高等学校付属中学で2年にわたって、それぞれ12回の授業を行った講義録がこの『梅原猛の授業 仏教』『梅原猛の授業 道徳』
以前、『仏教』を読んで、最近『道徳』を読み終えた。
特に『仏教』が特筆すべき一冊と思う。
数年前に高野山を訪れたことがきっかけで、仏教に興味を持って様々な本を読んだりしてきた私にとっては、特別に目新しい内容ではなかった。
が・・・世界的宗教観、キリスト教からイスラム教などから話しを起こし、仏教の起源から、日本への伝来、そして、現代に至るまで日本における仏教の変遷と・・・その内容のボリュームの大きさに比し、その話しのわかりやすさに驚いた。
もちろん中学生への授業ということもあろうが、仏教の変遷について、私は今までにこれほどわかりやすく書かれた本に出会ったことがない。
平安後期、伝教大師最澄の天台宗、弘法大師空海の真言宗の伝来によって大きく花開いた日本の仏教が・・・やがて多様化と俗化を伴って広がっていく様。
徳川幕府の檀家制度による信仰の固定化による信仰の自由の制限・・・。
明治新政府の神仏希釈政策によえう迫害とも言って良い仏教への制限、元来あった日本の神道とは違う国家神道の押し付け。
そうして戦後・・・教育界では宗教に関わる事をさも恐れるかのように、授業ではほとんど教えないに等しい。
この国の歴史、文化、の根幹に仏教が根ざしてきたにも関わらず・・・。
梅原氏のそうした現状への強い思いと憂いが本書を生み出したように思う。
これは仏教を賛美する書でもなく、仏教への帰依を勧める書でもない。
日本人として、知っておくべき歴史、文化、そして、日本人らしい道徳観、礼節についての書。
洛南高校付属の中学生が講義を受けるだけでは勿体無い内容だと断言できる。
中学生の授業の一環のテキストに大々的に採用してもらいたいし・・・なによりも、冒頭の数問の問いに戸惑ってしまうような大人に読んでもらいたいとまで思える書。
私個人は弘法大師空海が伝え広めた真言宗の教えにとても興味がある。
その深く広大な世界観・宇宙観に魅せられているが・・・現在の宗派から改宗しようとは思っていない。
お正月は相変わらず神社に参拝するし、あの地方の海の幸を楽しみに毎年1月中に伊勢神宮に行っている(笑)
もちろんベジタリアンでもないし、お酒は各種好き。女性との様々な交流も大好き。
どても信心深い仏教徒にはなれそうにはない。
たぶん一生・・・。
だが・・・仏教に興味を持ち、いろんな本を読んだりして、仏教や仏像について少しは知識を持つようになってから、京都、奈良とか各地の有名なお寺を訪れるにも、以前とはかなり違う参拝、拝観が出来るようになったことは確か。
まだ仏像とお会いして涙が溢れる・・・という域には達していないが・・・かつてのように“観に行く”のではなく“お会いしに行く”というくらいの心の在り方の変容はあった。
この梅原猛氏の書、特に『仏教』の方は、この一冊読むだけで、これまでとはお寺を拝観する気持ちを変えてしまうかもしれないほどの内容を有した本だと思う。
いけませんね。。。
私の文章では、とてもとても梅原先生のように簡潔に伝えられない・・・。
長々と書いた割には、実にまとまりのない記事となった・・・。
お詫びして・・・・合掌。。。
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