囲炉裏端でコーヒーを飲める所に行って来た。
近年の古民家風流行で、古民家の解体材を使ったり、新材をわざわざ古いもののように塗装したりして加工してそれなりに古民家風の内装にしている店はたくさんある。
しかし、もともと建ったまま長年の風雪に耐えてきた正真正銘の古民家とは似て全く非なるもの。
本物の古民家には独特の空気感があるし、日本人の遺伝子に訴えかける力があるような気がする。
ましてや囲炉裏端には、人の心を開かせる効果がある。
白川郷の合掌造りの宿のように、初対面の宿泊者同志でも共に囲炉裏を囲んで食事をする機会など、テーブルで相席をするのとは全く違って、同じ囲炉裏の炭火の温かさを共有するということによって、ささやかすぎて意識出来ないほどの共同体意識が生まれるのかもしれない。
それとも、焚き火のように同じ火を囲んでその火を見つめることによって、普段は人に心の内を見られまいとして心を覆っている囲いを解いて、なんとなく素になれるような気分になれるのと同じようなことなのだろうか?
恐らく、古民家の持つどっしりとした落ち着いた空気感と囲炉裏端のくつろいだ温かさの相乗効果が、心を開かせるような気分にさせるのであろうと思う。
江戸時代に建てられた建物の囲炉裏端でコーヒーが飲める・・・そこはそんな空間。
気候の良い時なら、庭を眺めながら縁側に座ってコーヒー飲みながら話すのも良い。
お気に入りの場所の一つ。
今回、この古民家に来たのは、ある女性の話しを聞くため。
彼女が前々からここに来たがっていたこともあってのことだ。
彼女の話しというのは、今つき合っている彼の話し。世間的には不倫と呼ばれる恋愛。
不倫と呼ばれる恋愛にもいろんなつき合い方はある。
しかし、不倫と呼ばれる因には三つの形しかない。彼女は未婚者だから、このうち男性が既婚で女性が未婚という形。
私自身もこの三つの形のいづれも身に覚えがあり、“不倫”だからとそのつき合いそのものを批判的に語る資格もないし、それでなくとも恋愛を倫理感などでは捉えず、それも一つの恋愛の形だと特別視しない意識が強い。
彼女は、自分の思うように会えないことや、約束していたことが相手の家庭・・・端的に言えば相手の男性の奥さん・・・の都合で変更を余儀なくされなくなることなどに不満も述べ、辛いとも言った。
しかし、はじめから相手が既婚だと知った上でつき合ったわけだし、結婚したことのない彼女に家庭生活、夫婦関係の実感などないわけだから、自然相手の男性の立場や気持を少し説明してみるというへんてこりんな役回りにもなった。
彼女は・・・「別れた方がいいのかな・・・」と言う。
「別れたいと思うなら別れたら」と答える。
「簡単に言わないでよ。。。どうしたらいいかわかんないから相談してるのに」と、何故かボランタリー精神旺盛な人生相談員は、悩める彼女に睨まれるはめになる。
そこで・・・この手の相談話しの時に持ち出す極めて簡単明瞭な数式を持ち出すことにした。
「彼と会って一緒にいる間は楽しい?」
「もちろん楽しい」
「じゃ、その楽しい時から、彼と会わないときに考えちゃうことや会いたいのに会えないことの苦し気持ち、嫌な気持ちを引いてみて、それでも楽しいことの方が多いと思える?」
「・・・・・・・。よくわかんない」
「だろうね。よくわかんないくらいならまだきっと別れる極限までは気持ちが追い込まれてないってことだと思うよ。もう明らかに苦しい気持ち、嫌な気持ちが上回っていると自覚できるようになったら別れることも選択肢に入れて考えればいいんじゃないのかな?」
と、今日彼女の話しを聞いていて、なかなか周囲につき合いの愚痴をこぼしにくい恋愛をしている彼女が、たまには愚痴を言いたい日につかまっちゃったかな・・・と感じだしていた私は、数式自体は単純だが入れ込む数値が量数化出来るものではない、簡単なときにはとても簡単に解が出るが難しい時にはそうそう解の出せるものではない数式を使って今日のこの話しの一応の着陸点としておいた。
彼女の今日の語り口は理路整然とまではいかないまでも筋道はちゃんと通っていたし、そうやって話せるってことは、本当にどうして良いやらわかんなくなってパニクッているわけじゃないから、そもそもそう心配する状態でもないから。
囲炉裏端は居心地が良いから、ここに来るとコーヒーのお代わりをお願いすることもしばしば。
って、ことでもう一杯。その一杯の間に今度はもう少し笑えるような愉快な話しをして帰りたいな・・・と、囲炉裏を見つめながら思ったりしていた。
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