一昨日、私の地方でも今冬初めての積雪があった。
その翌日の昨日、そして今日は一転して小春日和な連休となった。
先日、蕾が膨らんでいた梅の木・・・雪が降ったことなど感じさせるることなく花を咲かせていた。
三寒四温・・・そんな言葉が聞かれるようになる季節・・・。春遠からじ。。。
別称、春告げ草とも呼ばれる梅・・・時にはこんな過酷な運命を演出するこいともあるという話し。
時は戦国末期。
秀吉の天下統一も峠を越えた頃・・・当時、秀吉に命ぜられ小西行長が治めていた天草で天草五人衆と呼ばれる地の武将がこれに従わず、行長と合戦となった。
旗色が悪くなった行長は熊本を治めていた豊臣屈指の勇将、加藤清正に援軍を請い、天草衆を攻め立てた。世にいう天正の天草合戦である。
この戦の中、天草衆の本戸城の客将に怪力無双と言われた木山弾正という者があった。
その木山弾正、名高い猛将、清正を戦場に求め、運良く一騎打ちに持ち込んだ。組み合って今一歩というところまで清正を追い詰めた刹那、不運なるか弾正、自らの主を清正と間違えた家臣にの槍にかかって落命。。。
弾正の果てた仏木坂・・・その坂を車で下りきって、どう考えても今来た道は登っているように見えるのに・・・車をニュートラルにするると、まるでなにかに引かれるように車がバックしてしまうという不思議坂と呼ばれているそうな。。。今でも弾正が怨念が立ち去ろうとする者を呼び止めている・・・とも言われるそうだ。
ところで・・・弾正射死の後、行長、清正軍は弾正の居城、本戸城を包囲した。
その折、一群の将兵が城より討って出、果敢に城を囲む兵と戦った。
不思議なことに、討死した弾正の鎧、兜に身を固めた将がおり、これがまたよく闘っている。もしや、死んだ弾正がこの世に甦って闘っているわけはないであろうが、いずれにしても名の有る武士であると思われ、寄せ手はその鎧、兜の武者の首を狙って殺到。
その弾正の鎧、兜を身に着けた者も獅子奮迅の戦振り。。。
ところが・・・運悪く梅の小枝に兜が引っかかり身動きできない所を攻められ、敢え無く首をとられた。
とられた首をみてみれば、なんと女。
亡き弾正が妻、お京の方であった。お京の方と共に城から打って出た将兵の多くは、この戦で命を散らした武士たちの妻子達であったという。
そのお京の方が兜をとられた古木の梅が熊本県本渡市延慶寺に「兜梅」として残っている。
老木ながら可憐な花を咲かせるこの兜梅・・・花は咲かせても実をつけない梅とも言われている。
最期の刹那、この梅に対して「花は咲けども実はならませじ」と恨みを残してこの世を去ったと言われるお京の方の怨嗟の成せる業なのか・・・。
時にはそんな言い伝えを持つ木もある梅。 春を告げるべく開花していく季節がやってきた。
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